誓いの言葉
ランドルが率いていた亡者たちは、ランドルの消滅とともにただの骸と化した。あれから数日経ったが、騎士団と魔術師隊、冒険者たちが協力して後片付けをしているらしい。
事情聴取まみれの日常も、ここにきて終わりを告げた。
最後の挨拶がしたいと、俺が呼び出されたのは殺風景な執務室だった。
「……拘束期間が長くなったこと、すまなかったな」
まだ体調が優れない女王陛下の代わりに、俺の目の前にはグエリンデル卿がいた。
「いえ、臣下として当然のことですから」
「ふむ。エリス殿から話を聞いたが、レギンバッシュ家の再興を目指しているとか」
「え、ええ……そうですが」
グエリンデル卿が値踏みするように見つめてくる。その内心を読み切れず、俺は戸惑いつつも見つめ返すことしかできない。
そもそも、慣例として女性が当主を受け継ぐ国だ。いつかは俺もこの夢を叶えたいと思っていた。だけど。
「……この辺りが限界かもしれぬと思っていたのだ」
ふ、と溜息をついたグエリンデル卿は、その一瞬だけ酷く年老いて見えた。
「此度のランドル・アシェットの凶行。その始まりは、己が功績を認めさせたいという欲求からきておるのではないか。聞けば、彼奴の意見に賛同し、後押ししていたものもあると」
「えぇ、確かに……殆どは、過激派の下級貴族の子息だったと思いますが」
夜会でランドルを取り巻いていたのも、協力していたのも。殆どは一生出世の見込めない、弱小貴族たち。彼らの気持ちもわからないでもない俺は、多分複雑な表情をしていたと思う。
グエリンデル卿が微笑むと、頷いた。
「此度のこと。わたくしは、この国の歪みが引き起こしたことと考えているが。そなたはどう思う?」
「俺、ですか?」
意見を求められても、正直困ってしまう。それを正直に告げても、多分グエリンデル卿は納得しないとは思う。だから俺は、思ったことを伝えることにした。
「ある程度の不満を抑え、余計な反発を生まないためには……男が家督を継ぐことも必要なのではと愚考します。もちろん、幾つかの制約は必要でしょうが」
「続けなさい」
「血統を重んじる貴族ですから、直系の男子であるのはもちろん、ある程度国家へ貢献されているとか。直系の女性が途絶えているとか……」
ここら辺の細かいところは、もう俺には手に負えない。正直言って、政治とか駆け引きとかの類は俺には殆どわからないし。
グエリンデル卿は俺を満足そうに見つめると、一つ大きく頷いた。
「女王陛下も同じご意見であった」
「え……?」
グエリンデル卿が、悪戯っぽい笑みを浮かべている。俺はどうしたらいいかわからず、首を傾げる。
「国を救った英雄たちに、何か褒美をと思ってな」
そう言って彼女が取り出したのは、一枚の書類だった。
「ここに、オルド・レギンバッシュをレギンバッシュ家当主として認める」
「え、ええ?!」
思わずあげた声に、悪戯が成功したと言いたげにグエリンデル卿が笑う。差し出された書類には、確かに女王陛下のサインと印が押してあった。
「え、ええ……?」
「嬉しそうではないな。あぁ、それと。事業に関しての許可だが、それはさすがに褒美として与えるわけにはいかぬので、後日五大貴族会議に召集がかかると思うが……あぁ、そうだ。アシェット家だが……」
飛び出た単語に、俺は表情を引き締める。
「やっぱり、キャロラインは……」
「残念ながら、如何に国の英雄といえど無理なものは無理だ」
ランドルが引き起こした反乱と虐殺。その咎を、アシェット家が贖う。それは順当なことだろうけど、俺としてはいい気はしない。
「父母は極刑、キャロライン嬢は当主になりたてであるのと、彼女自身も犠牲となりかけていたのでな。身分を剥奪し、平民として生きることになろうか」
それでも、破格の待遇なんだと思う。俺は僅かに頷くと、ダメ元で口を開く。
「では、一つお願いが。孤児院の再興を計画していまして、人手が足りないのです。キャロライン嬢の監視を兼ねて、彼女の身柄を引き取りたいのですが」
「……好きにしなさい」
グエリンデル卿は頷くと、二つ返事で了承した。或いは、俺がそうするのがわかっていたのかもしれない。
「それと、例の吸血鬼だが」
「ネージュですか」
ネージュは、奇跡的に生きていた。死霊の王の気まぐれなのか、グラーゼの力なのか。極端に魔力を消費して弱り切ってはいたが、今は目も覚めている。
「早々に国外へ行くように。国を救ってくれたかもしれぬが、モルドの巫女を匿ったとなっては教会がうるさい」
「はい、ありがとうございます」
これも仕方がないことだと思う。ネージュと双子の身の振りに関しては、アデライドやファブリスにも知恵を貸してもらう必要があるかもしれない。
「では、話はそれだけだ」
俺はグエリンデル卿に頭を下げ、部屋を出る。
仲間たちは既に、レギンバッシュ邸に戻っている頃だ。
「……当主、か」
いきなり手のひらに転がり落ちてきたものを、俺は持て余していた。それでも、両親に恥じないように生きると決めたんだ。
いつか……希望の丘の子供たちのようなたくさんの子供たちが、みんな笑顔になれるような。そんな国を作る手伝いがしたい。
その気持ちに今も、変化はない。
城の前にある広場は、家や家族を失った民がまだ残っていた。俺はその中の、目当ての人を探す。
「シスター・レイン」
炊き出しを手伝っていたシスター・レインが、俺を見つけて笑顔を見せる。
「まぁ、オルド様」
「みんな風邪とか引いてない? 俺も屋敷に戻れそうだから、一度みんなで今後の相談をしたくて」
「今後の……」
僅かに不安そうな顔をするものの、シスター・レインはすぐに微笑んだ。
「わかりました、子供たちを連れて、お屋敷まで行けばよろしいんですね」
「あぁ、それと。一緒にマリクとシャーロットも連れてきてくれると嬉しいかな」
「えぇ、かしこまりました」
シスター・レインは頷くと、俺に深々と頭を下げた。炊き出しをしていた人たちに断ると、すぐにローブの裾を翻して駆けて行く。
さて、これでいい。俺もすぐに戻って、準備しないとな。
先延ばしにしていた、子供たちの今後。そろそろ決めてやらないと。
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レギンバッシュ邸に戻った俺は、とりあえず自分のことは後回しにしておく。
急がないと子供たちが来てしまうし。
「よし、こんなもんか」
栄養補給メイン、味はよろしくない炊き出し生活の子供たちをもてなしたい。そんな一心で、少しやりすぎたかもしれない。
つまみやすいように、バターやチーズを挟んでくるくる巻いたサンドイッチ。カップには花みたいにくるくる巻いたハム。その中央に、色々な味のサラダをトッピングした色鮮やかなサラダカップ。それがたくさん。
メインディッシュは、肉汁滴るスペアリブだ。事情聴取で帰宅後、コツコツ仕込んでいたものだ。
デザートもこれまた、可愛くデコレーションしたちいさなカップケーキとクッキー。けどこれを焼いたのは、実は俺じゃない。
「お帰りなさい、オルド」
「ただいま、レティス」
そう、なんとレティスが焼いた。子供たちをもてなすという話をしたら、ぜひ手伝いたいと言ったんだ。
「ど、どうかしら」
頬を朱に染めたレティスが、おずおずとカップケーキを差し出す。両手が塞がっていたので、そのまま齧り付く。甘くてふんわりとハニーシロップの香りがした。
「うまい」
「そ、そうかしら?!」
嬉しそうに顔を輝かせるレティスは、すっかりツンツンした様子がなくなってしまった。これはこれで可愛いけど。
「味見してみろよ」
「え、でも余分な数はないし……」
「食べかけでよかったら、それ食べてもいいけど」
「え?!」
また赤くなってて、忙しいやつだな。
「いらないなら、俺が全部食べるけど」
いや、本当に美味しいんだよ。残すのもったいないけど、俺も今絶賛盛り付け作業中だ。
「だ……ダメ!」
何かの葛藤に勝ったらしいレティスが、ものすごい勢いでカップケーキを食べている。
「おいしい……」
感動したのか、惚けたような声。レティスを見れば、若干涙目になっていた。
「……喜んでくれるかしら」
「きっと大丈夫」
これだけの腕があれば、貴族同士のお茶会に持参しても恥ずかしくない味だ。それは俺が保証する。
「よかった」
安堵したように呟くレティスは、本当に子供たちのことを案じていたんだろう。何もできないもどかしさに苦しんでいたに違いない。
俺は盛り付け終えた料理をワゴンに置くと、そっとレティスの手を取った。
「なぁ、レティス」
「な、なに?」
「これからも、側にいてほしい。俺は鈍感だから、レティスの気分を害することもあると思うけど。俺はレティスが大切で、誰にも渡したくないって思うから」
予定調和かもしれない。だけどこの言葉は、ちゃんとレティスに伝えるべきなんだ。
なんだかんだ、この前はアデライドがいたせいで言えなかった言葉がある。
「すべて片付いたら、俺と結婚してほしい」
真っ直ぐに見つめた瞳が、揺らぐ。視界の端に金髪が舞い、ふわりと。レティスのつけた香水の香りだった。
「そんなこと……あたりまえでしょ?」
小さく。本当に小さく、ありがとうと聞こえた声は震えていた。




