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剣の王

 すぐにでも飛び掛かりたい気持ちを抑え、俺はまずアデライドたちの元へ合流した。叩きつけられた身体が軋む。だけど泣き言を言っている暇はない。

 見れば、死霊の王がランドルの身体に吸い込まれていくところだった。


「まずいな……」


 アデライドが悔しげに呟く。生き残っていた衛兵たちから、恐怖の声が上がる。


「……グエリンデル卿、すぐに避難してください!」


「しかし!」


「キャロラインを……安全な場所へ」


 この狭い室内だ。多すぎる人数は邪魔になる。俺の言葉を理解してか、グエリンデル卿が一瞬ランドルへと視線を向ける。


「……よかろう。そなたへ国の命運を預けるのに不安を感じぬわけではないが……頼むぞ」


 グエリンデル卿の言葉に、俺はゆっくりと頷き返す。死霊の王の力は未知数だ。そしてランドルも。ここで食い止められなければ、どちらにしても俺たちにもこの国にも未来はない。

 衛兵とキャロラインを連れて去るグエリンデル卿を見送りながら、俺は再度剣を握り直す。


「アデライド、勝算はあると思う?」


「さてな……神に弓引くことになるとは……」


 今や、完全にランドルの中へと消えた死霊の王。俺たちが攻撃に転じられなかったのは、死霊の王へ攻撃が通じなかったからだ。死そのものである死霊の王に、物理的な干渉が無意味であるというのは理解できる。

 ランドルが新たな力を得ることへの懸念もあったが、今はグエリンデル卿がキャロラインを連れて遠くへ逃げることも大事だ。あまり近くで大規模な応酬が始まれば、せっかく逃した意味がなくなる。


「だが、勝機はある」


 しっかりとした口調で、アデライドが言う。


「実体を持つということは、強みでもあり弱みでもある」


「……だが、叩き潰して仕舞えばその弱みは弱みではなくなる」


 アデライドの言葉に、ゆらりとランドルが揺れる。優雅に掲げられた右手には、闇色の炎。半端な俺にでもわかるほどの、膨大な魔力の量。つい今しがたした決意すらくじかれそうなほどの、圧倒的な力。


「愚かな……神を御せると、本気で思っておるのか!」


 アデライドの杖の先から、魔力が迸る。魔術を防ぐ障壁だと気がついたとき、空間が爆ぜた。音すらも飲み込んだ闇色の炎が部屋を舐め、俺たちの背後の壁を吹き飛ばす。熱くはなかった。障壁の向こうで猛り狂う炎が消え去ると、壁の殆どが消失し、部屋だった場所が闇夜に晒されていた。

 はるか眼下にはいくつもの篝火が灯り、あの場が民たちの避難所なのだと伺いしれる。俺はランドルに視線を移し、グラーゼの剣を構える。


「……ファブリス」


「あぁ」


 俺たちが頷き合った直後、クラレットが駆け出した。ふわふわの毛が舞い、月明かりに煌めく。流線型を描いた蹴りは、狙い通りにランドルのこめかみに当たる……はずだった。

 すでに駆け出していた俺たちは、ランドルの姿が掻き消えたことでたたらを踏む。それはクラレットも同じだったようで、驚愕の表情で素早く立ち上がっていた。


「くっそ!」


 俺のような付け焼き刃ではない、ファブリスは正しく本物の戦士だ。乱れた重心を素早く転身させ、遠心力を利用してハンマーを振るう。真横に薙いだミスリルハンマーが、いつの間にか移動していたランドルの腹にぶち当たる。この間、ほんの一瞬だ。

 骨を砕く鈍い音が響き、やっと体勢を整えた俺が一歩踏み出したとき。


「ぬるいな」


 ランドルがつまらなそうに鼻を鳴らすのと、ファブリスが入り口の方へ吹っ飛んだのは同時だった。豪快な音を立て、壁が崩れる。廊下が丸見えになり、その向こうにファブリスが。だがさすがというべきか、ファブリスもすぐに立ち上がり、ハンマーを握り直している。


「いてーな、おい」


 飛ばされたときに口の中を切ったのか、瓦礫を押しのけながら吐いた唾には血が混じっていた。


「……無駄な抵抗はやめて、さっさと私の配下に下ればいいものを。だが、無駄だろうね」


 肩をすくめてみせるランドルに、俺は無言で剣を向ける。その剣先を、ランドルが不思議そうに眺める。


「面白いものを持っているな」


 興味深そうに首を傾げ、微笑む。世間話をしている様子だ。実際、今のランドルにとって俺たちは大した脅威ではないんだろう。


「ランドル……!」


 なんとしても、一矢報いる。俺の攻撃はきっと、奴に届かない。でもそれでいい。俺が無理でも、ファブリスやアデライド、クラレットがいる。彼らなら、俺が開く活路をきっと。

 背後の制止の声を振り切り、剣を上段に構える。グラーゼの剣が、俺を勇気付けるように淡く光る。


 綺麗だな。


 そんなことを頭の隅で思いながらも、渾身の力で剣を振り抜く。袈裟斬りに振り抜いた剣は、ランドルの胸を切り裂いた。


「え……?」


 間の抜けた声が漏れる。目の前には、驚きの表情で俺と剣を見るランドル。ゆっくりとランドルの胸に目をやれば、切り口からは黒い霧状のものが吹き出しているところだった。


「お、のれ」


 絞り出すような声で、ランドルが数歩後ずさる。ランドルは、俺の剣なんて受ける必要もないと考えていたんだろう。というより、俺も思っていたくらいだ。


「それは……それは、なんだというのだ……」


「オルド、グラーゼの剣が」


 アデライドに言われて気がついた。淡く光っていた剣が、輝きを増していく。俺の手に添えられるように、無骨な手甲、肘当て、鎧……光が段々と、人の形を作っていく。


「馬鹿な……」


 息を詰まらせたのは、泣きそうな声のアデライドだ。震える声が、追い縋る。


「お主なのか……グラーゼ……」


 切なげに、だが確信を持った問いだった。

 完全に姿を現した彼……グラーゼが、アデライドの方を振り返る。愛しげに目を細めたその表情には、複雑な感情が満ちていた。


「久しいな、アデライド」


「お主は……こんなことをして!」


「怒るな、アデライド」


 悲しげに微笑むグラーゼに、アデライドが口を噤む。そんな二人に、ランドルが忌々しげに舌打ちをする。


「お前は……そうか、お前が……」


 一歩、二歩。後ずさっていくランドルに、グラーゼが視線を向ける。


「なに、神の一柱がそなたのちからになるのなら。こちらもそうでなくては面白くないであろう」


「そんなことをすれば……」


 アデライドが止めようとするが、グラーゼは笑みを浮かべるだけだった。神々しいまでの光を纏っているのはつまり、彼が神だから? いやでも、なんで。彼は人だったはずじゃないのか。


「……死霊の王モルドとは違い、お前はまだ神ではない!」


 喜色満面、ランドルが叫ぶ。まだ自分が有利なのだとでも言いたげに、胸から手を離す。傷は既に癒え、霧も消えていた。


「そう、俺はまだ神ではない。正しい手順を踏まず、中途半端に現世へ降りた。その代償は払おう。我が妻をみすみす殺すわけにはいかぬのでな」


 まだ。彼はそう言う。神になり得る存在ということなのだろうか。


「また約束を違えること、許せとは言わぬ」


 そうして微笑んでアデライドに言うグラーゼの顔は、とても悲しげで。これから起こることが、きっとアデライドにとって辛いことなのは俺にだって理解できた。

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