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最大の誤算

 ランドルは不気味な笑みを浮かべながら、ただ立っていた。あと少し。あと少しでランドルの側へ行ける。

 押し寄せる亡者たちを、斬り伏せる。俺の付け焼き刃の剣でもなんとか押し返せているのは、サポートしてくれるみんなやグラーゼの剣の力によるところが大きい。


「ランドル!」


 ランドルの前を守っていた最後の一体を、ファブリスのハンマーが叩き潰す。俺とネージュがその横をすり抜け、ランドルの鼻先にグラーゼの剣を突き付ける。


「もう終わりにしよう。俺たちと来るんだ」


「さぁ、それを返して」


 俺とネージュの言葉に、ランドルは亡者たちを呼び出すことをやめた。感情が抜け落ちたような無機質な瞳が、俺をじっと見つめる。やがて、ランドルの肩が震えた。


「……っく……くく」


 耐えきれないと言いたげに、ついにランドルの顔が狂気の色を帯びる。今まで見たどんな表情よりも歪で、怖気が走るような。割れた月のような唇が、弧を描く。


「……いや、すまない。まさかまだ、自分たちの勝利を信じて疑わず、私を殺すわけでもないとは。そんな甘いことを言うから……」


 懐に手を入れたランドルが、無造作に取り出したもの。


「導きの宝玉……?!」


 クラレットが駆け出し、ランドルの手から奪おうと飛びかかる。アデライドが、ファブリスが。ネージュまでもが手を伸ばし……宝玉は、呆気なくランドルの手から零れ落ちる。

 やけにゆっくりと、勿体振るように落下した宝玉は。澄んだ音を立て、粉々に砕け散った。

 俺の視界がぐにゃりと歪む。無理矢理空間を渡る不快感は、魔術師の端くれである俺にも耐えることができた。近寄りすぎた。そう後悔する頃、視界が開ける。


「……な、何事です。な、ランドル・アシェット?!」


 そこは、豪奢な内装の会議室のようだった。大きな円卓を囲み、何人か見知った顔が。驚きの声をあげたのは、ベリエラさんだ。ランドルの導きの宝玉は……国の重鎮が一同に会するこの場へと繋がっていたのか。


「お兄様……!」


 厳しい声をあげたのは、キャロラインだ。酷く顔色が悪いのは、疲れのせいだけではないはずだ。気丈にも立ち上がり、ランドルへ歩み寄る。少し前の彼女では考えられない行動だ。


「この場へ顔を出したということは、此度の件の責任をおとりになるということですわよね?」


「ランドル、そうなのか?」


 キャロラインの言葉を引き継いだのは……奥の椅子に座っていた女王陛下だった。厳しい表情で、ランドルを見定めるべく視線を送る。その前を、ベリエラさんとメリアドールが守るように立ち塞がる。


「責任、ですか。恐れながら、女王陛下」


 涼やかな口調だ。まるでさっきまでの出来事など夢であったかのような、そんな雰囲気すら纏っている。


「何故私が、これから死ぬあなたがたのために責任を取ってやらねばならないのです」


 微笑みを浮かべて告げられた言葉。それは、女王陛下のみならず、この場にいるすべての人間を敵に回すものだった。


「ファブリス!」


 女王陛下の御前ということもあり、遠慮していた俺たちは。そこでハッと我に返る。アデライドの叱責が飛び、ファブリスがランドルを羽交い締めにした。


「……エリス、君だけは生かしてあげよう。私は寛大なんだ」


「お前、まだ言うか!」


 ファブリスの太い腕で羽交い締めにされているはずなのに、ランドルが見ているのはエリスさんだけらしい。


「女王陛下をお守りせよ!」


 初めて見る人物が立ち上がった。オリーブ色の髪を柔らかく結いあげ、鼈甲色の瞳を険しく歪めた美少女だ。


「衛兵!」


 見た目は美少女だが、その気迫は少女のそれとは違う。すぐに衛兵が部屋へとなだれ込んでくる。


「ランドル、投降して」


 エリスさんが、その表情に悲しみを滲ませている。それにすらランドルは、肩をすくめるのみだった。


「新たな王へ忠誠を誓うものは、特別に生かしてやってもいいんですが……」


 ランドルが部屋を眺めまわす。そして首を横に振ると、微笑んだ。

 ファブリスが押さえつけ、衛兵に囲まれていたのだ。油断はしていなかったとはいえ、そこに少しの綻びがあったのも事実だ。

 俺たちが見ている目の前で、ランドルの姿が、消えた。


「なっ……」


 押さえつけていたファブリスが、力の行き場を失い転びかける。アデライドの怒声と、部屋のそこかしこから上がる悲鳴。俺たちがそれに気がついたとき、しんと部屋の音が消えた。

 ランドルの腕にだらりと力無く抱かれているのは、女王陛下だった。瞼を固く閉じ、わずかに開いた唇は驚くほど白い。


「ダメ……!」


 悲痛な声をあげたのは、ネージュだった。いつの間に……あるいは最初から?

 ランドルの瞳が、真紅へ染まる。不気味なほど長く発達した犬歯が、女王陛下の首筋に当てられていた。


「やめ……やめさせて……」


 瞳に涙すら浮かべ、ネージュが嫌々と首を振る。アデライドが舌打ちをし、杖を振るった。


「捉えよ!」


 部屋の中に旋風が起こり、衛兵を薙ぎ倒す。今はそんなことを気にしている場面ではないのは明白だ。一番側にいたベリエラさんとメリアドールも、アデライドを補助するように魔術の詠唱に入っていた。

 そんな俺たちの横を、ネージュが恐ろしいほどのスピードで駆け抜けていく。


「許さない!」


 ランドルに肉薄したネージュが、拳を握りしめ振り抜いた。骨と骨がぶつかる音が響き、ネージュがふわりと着地する。その表情は俺からは見えないが、肩が僅かに震えていた。


「な、んで……」


 驚愕の声を上げるネージュを、ランドルがつまらなそうに見下ろす。抱えていた女王陛下の身体を投げ捨てると、ニタリと下品な笑みを浮かべた。

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