聖剣
死の臭いが色濃い墓地は、ひしめく亡者の呻き声が悲しげに響いていた。見るものに本能的な嫌悪感を抱かせる、酷く冒涜的な光景だ。
そんな中、ランドルは微笑すら浮かべ涼しい顔で立っている。ローブの袖から覗く腕には、歪な骨を象った杖が握られている。ネージュが僅かに顔を歪め、杖へと視線を向ける。その表情だけで、それがあまりいいものではないのだとわかってしまった。
「返しなさい、それはあたしのものだ」
静かだが、明らかに怒りのにじむ声。ネージュが一歩足を踏み出すと、ネージュの支配下にはないらしい亡者たちがランドルを守るように集まってくる。ネージュの配下である亡者たちが、牽制のように移動する。俺には見分けがついていないが、二つの勢力がちょうど睨み合う形になった。
「まさか、ここまで辿り着けるとは思いもよらなかったよ」
ネージュの言葉は完全に無視し、ランドルが笑みを深くする。自分の勝利を疑っていないのか、逃げるそぶりすら見せていない。
「……ランドル。今ならまだ、引き返せる。今すぐ亡者を引かせ、俺たちと女王陛下の元へ行こう。お前がきちんと更生するっていうなら、俺が女王陛下へそう進言してもいい」
「おや、随分と甘いことを考えているんだね。進言してどうなる? どの道こうなっては、待っているのは死だけだろう」
心底驚いたという様子で、ランドルが肩をすくめる。俺だってランドルは許せない。それは本当だ。だけど、できるなら俺は誰も死んでほしくない。甘いと言われようが、なんだろうが。きちんと罪を償って、更生できる道があるんなら。いつか罪を償って、俺の知らないところでやり直すっていうなら……俺は多分止めないと思う。
それに、ランドルはキャロラインの兄だ。これだけのことを仕出かしたランドルに、一番胸を痛めているのは彼女のはずだ。今だって、キャロラインはキャロラインのできることを必死にやっている。
ランドルが処刑されるのは免れないなら、せめて死に際は真人間として死んでほしい。全部俺の、勝手なワガママだけど。
「キャロラインのことが心配じゃないのか、ランドル」
「キャロライン? あぁ……あの愚鈍な妹か」
吐き捨てるようなランドルの言葉。怒りで顔が熱くなる。全く独りよがりだけど、俺の今考えていたことを全て否定する言葉だった。
ランドルは……ランドルは、キャロラインすら愛していない。そこに更生の余地なんてないんだろうか。
「あれは、私の隠れ蓑としては非常に優秀だった。それに、目的の為に利用もできた」
ランドルは眼を細めると、怒りのあまり震えていた俺に笑顔を向ける。
「だが、それだけだ。オルドの心を手に入れられれば、まだ利用価値もあったが。それも出来ぬ役立たずなど、最早利用する価値もない」
「おま、え……!」
身体が熱くなる。怒りのあまり、目の前が一瞬白くなる。飛び出しかけた俺の腕を、ファブリスが掴む。
「ファブリス!」
「馬鹿野郎、単身で突っ込んでどうする」
静かに熱が引いていくのを感じた。周りを見れば、みんな不快感や怒りをその顔に滲ませて。俺は呼吸を落ち着かせると、ファブリスに頷き返した。
「ごめん、ありがとう」
ファブリスがゆっくりと頷き、俺の腕を離す。
俺は再びランドルに向き合うと、剣を握り直した。こうなればもう。ランドルを叩きのめして、女王陛下の御前へ引きずっていくしかない。奴の余裕の顔を見ていれば、まだ何か隠し玉を持っていそうではあったけど。
「うん、それでいい。私もいい加減、君を目障りに思っていたところだからね」
にこりと笑って、ランドルがメダリオンを掲げる。
「……やはり、草原での魔術師は彼奴か」
アデライドが杖を握りなおすと、柔らかな光が彼女を包む。吸い込まれるようにして光が消え去ると、アデライドは悠然と笑った。
「まぁ、こちらとて対策がないわけではないが」
「……まぁ、構わんさ」
どうやら、アデライドの魔術を弱体化させるつもりだったらしい。それが失敗しても、特にランドルが気にした様子がないというのはかなり不気味だ。
「オルド、気をつけて。あの杖は魂を貪り、強制的にモルド様への供物を捧げるもの」
「なにそれ……」
物騒すぎる代物に、俺は冷や汗が止まらない。そんなものをもし使われたら、命がいくつあっても足りないだろ。
「乱戦が予想される。いいかオルド、無理だと思ったら一度引けよ」
ハンマーを握り直したファブリスが腰を落とす。俺がそれに頷き返すと、横にいたクラレットが風のように駆け出した。それが合図だった。
クラレットが手近な亡者を蹴り上げ、それに群がるようにネージュの亡者が殺到する。ファブリスは目の前の亡者をなぎ倒しながら進み、アデライドの炎が亡者たちを舐める。ネージュが稲妻を呼び寄せ、亡者を吹き飛ばす。俺たちの優勢に見えるかもしれないが、ランドルも次から次へと亡者を呼び出している。あいつの魔力どうなってんだ。
錆びた剣と鎧がぶつかり合う音が、墓地を埋めている。俺は魔術で味方を援護しつつ、じりじりとランドルへ向かっていた。
襲いかかってきた何体目かの亡者をなんとか切り捨てると、額の汗を拭う。亡者の剣をグラーゼの剣で受けると、剣が淡く光った。
「グゥゥ……」
亡者が苦しげな呻き声を上げ、後ずさる。まるで剣を恐れているかのようだった。
「……ごめんな」
感情がないはずの亡者に、恐怖心なんてあるはずもない。だけど俺は一抹のやるせなさを感じてしまう。それでも。俺は剣を亡者へと向け、斬り伏せた。光が亡者に触れると、亡者がそのまま灰になる。恐ろしいほどの威力だ。
「……聖剣?」
エルフの文字が書いてあるし、とても昔のものだ。聖剣として造られたものだとしても、不思議ではないよな。
何より、この場において亡者を消滅させられるというのはこの上ない利点だ。俺は剣を握り直すと、亡者たちを切っていく。ランドルはもう、目の前だ。




