表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/69

月下のメダリオン

 夕闇が、民の姿を無くした首都に影を落とす。ひしめく亡者の呻き声と、どこかで戦う騎士や冒険者たちの怒号。火の手が上がった一画を消化する、冒険者たちの声。

 俺たちはそんな首都の中、人の姿も亡者の姿も比較的少ない位置を駆けていた。

 アデライドの使い魔が、アンデッドの出現点を探り出してくれた。俺たちは少し遠回りになるが、騎士団が奴らを引き寄せている間に大外から回り込むことにした。

 南側の城郭にほど近い、古い墓地。そこが渦中だ。俺たちは大通りに面した東側の商店の側、ちょうど小道になっている部分から慎重に顔を覗かせた。まだ墓地までは距離がある。大通りには、いまだおびただしい量の亡者がひしめいていた。


「駆け抜けるのは無理だろうな」


 小道の奥へ引っ込むと、俺たちは顔を見合わせる。あの中を何の備えもなく突っ切れば、アデライドやファブリスは兎も角俺やクラレットでは命はない。


「……あたしに任せてくれる?」


 ネージュが暗闇でも燦然と輝く真紅の瞳を、俺に向ける。


「危険なことをしないって約束するなら、いいよ」


「危険ではないけど、オルドたちには馴染みのないものかもね」


 ネージュは薄く笑うと、大通りを見遣る。その瞳には、一見するとなんの感情も宿っていないように見える。だけど俺たちは知っている。ランドルの行動によって誰よりも傷ついているのは、ネージュだ。

 俺はネージュの手を掴むと、ゆっくり頷いた。


「……無茶はするなよ」


「わかってる。テュリナとシャリナを、ふたりぼっちにはしない。やくそく」


「うん、それでいい」


 ネージュは微笑むと、俺の手をやんわりとほどく。すぐに踵を返すと、大通りへ向けて歩き出した。

 端を歩いていた数体が、ネージュの接近に気がつく。ネージュはそれを気にする様子もなく、軽やかな足取りで進む。手に持った粗末な武器を、亡者たちが振り被る。

 警告の声を発するべきか。俺が逡巡したその時だった。

 戸惑うことなく、ネージュが左腕を差し出した。亡者の剣はネージュの細い腕を軽く傷つけただけだが、その肌からは真っ赤な血が流れ出す。


「ネージュ!」


 駆け出そうとした俺を、アデライドの腕が阻む。俺が睨むと、アデライドはゆっくりと首を横に振る。


「わからぬか、ネージュの側に渦巻く魔力が」


 言われて、探るように精神を集中する。確かに、ネージュが何か詠唱しているのが聴こえてきた。


「哀れな子らよ、真なる主を頂くか。我が腕で永遠の眠りを望もうか。さぁ……」


 ふわりと差し伸べられたネージュの腕が、不思議な魔力を帯びる。初めて感じる魔力の波だった。俺は助けを求めるようにアデライドを見つめる。


「……吸血鬼の操る闇の魔術だ。治癒の魔術が光、吸血鬼……というよりも、広義には魔族の操る魔術が闇。死や終焉、時すらも操ると称される術」


「あれは、どういう効果の魔術なんだ?」


 そもそも、エルフや吸血鬼の魔術は人間が操るものとは基本的に違うものだ。もっと感覚的に使っているもの、らしい。それを人間である俺が理解するというのも、なかなかに難しい。


「見ておればわかる」


 アデライドの言葉もそっけないものだ。

 アデライドの言う通りネージュに視線を戻せば、あるいは崩れ落ち、あるいは行動を停止した亡者たちの姿があった。


「……これで、この一帯の亡者はあたしの眷属に入ったから」


「え、眷属に……」


 ネージュが静かに頷き、既に完治した左腕を掲げる。


「あたしは死の王モルド様の巫女。血にはモルド様の加護が」


「ランドルの操る術より、ネージュの操る魔術の方が亡者どもにはより心地良いということだな」


 ネージュのやった方法は、確かに人間には馴染みのない方法だった。普通アンデッドをどうにかするといえば、炎で燃やし尽くすか奇跡の術で消滅させるか。もしくは物理的に再起不能になるまで叩き潰すか。とにかく、活動できない状態で残しておくことはできない。

 ネージュの術でも何体かは崩れて消滅してしまったが、それはモルド様には逆らわないが、ランドルも裏切れないという義理堅いアンデッド、らしい。アンデッドに感情があるのかといえばそうではなく、ネージュ曰く余程強い因縁があるか、生前ランドルと懇意にしていたか。そういう魂に刻まれた部分がさせることなのだという。

 亡者の世界も色々あるらしい。


「……うし、そんじゃ行くか」


 ファブリスが明るい調子で言う。俺も慌てて剣を握り直すと、頷いた。

 結局、アデライドには俺が見ていた夢……というより、多分夢ではないと思うけど。そこで出会った彼女の夫、グラーゼのことは話せないままだった。

 この戦いが終わったら、剣を返して。そして、彼のことを話すべきだろう。それはアデライドの為でもあるし、あんなところで一人きりでアデライドを待っているグラーゼの為でもある。

 ネージュの眷属になった亡者たちは、大人しいものだった。俺たちが近づくと、ゆっくりと道を開ける。まるでそれが当然であるかのように。いや、感情がないんだから、彼らにとってはそれが普通のことなのかもしれないが。

 大通りを歩き、やがて目の前に石造りの門が見えてきた。ネージュの眷属になった亡者たちに守られるようにして、俺たちはついにそこへと辿り着く。

 激しい腐臭と、無残に掘り返されたかつて墓だった場所。その中心に、彼はいた。


「ランドル……アシェット……」


 生暖かい風が墓地を吹き抜け、ランドルの身に付けた黒いローブがはためいた。いつもならついている魔術灯すら消えた暗い墓地。やけに明るい月の下、はっきりと光を照りかえしたのは。死霊の王モルドの、メダリオンだったーー……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ