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忠節の徒

 俺の提案に、ファブリスが目を細めていた。何かを考えていたらしい彼は、暫くすると長い息を吐いた。


「ま、俺もそれしかねえと思ってたところだ」


 肩を竦めるファブリスは、なんでもないとでも言いたげだった。


「ふむ……亡者どもの召喚地点の割り出しは、使い魔にさせよう。ネージュがおれば、ある程度の無效化もできよう」


「ちょ、ちょっと待って!」


 レティスが慌てたように声を上げる。俺はレティスを見つめ、首を横に振る。


「悪いけど、俺も行くよ」


「だ、駄目に決まっているじゃない!」


 唇をわななかせたレティスが、声を絞り出す。それでも俺は、レティスの言葉を聞くつもりはなかった。


「これは……俺の戦いでもあるんだ、レティス」


 ランドルが俺の両親を謀殺し、ケインさんを殺し、エリスさんやノエルを傷つけた。それだけじゃ飽き足らず、あいつはテュリナとシャリナを人の生から歪めてしまった。何より。


「レティスに怖い思いをさせた、その報い。しっかり償ってもらう」


「オル、ド……」


「だから、レティスはここで俺たちの帰りを待っていて欲しい」


 ついに我慢できなくなったのか。レティスの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。

 いつも泣かせたり怒らせてばかりでごめん。心の中で謝って、俺は微笑んだ。


「大丈夫、ファブリスとアデライドもいるし、これでもカルラに相当しごかれてるから」


「……あなたが。本当はとても無神経で鈍感なのは、知ってるから。だから、私は我慢してあげる。それで、いいのよね?」


 涙で濡れた瞳で、それでも毅然と。レティスは胸を張って笑顔を向けてくる。

 いつだって自信満々なくせに、本当は繊細で泣き虫なレティス。俺は、レティスをひとりぼっちにする気はない。


「ありがとう、レティス」


「絶対に死んじゃ駄目よ」


 ぐすぐすと鼻をすすりながらも、レティスは念を押す。俺はしっかりと頷き、死なないことを胸に刻みつけた。



+++++++



 地下牢から取り調べの名目でネージュを連れ出し、俺たちは再集合した。作戦がうまくいかなければ、俺も処罰対象になりかねない愚行だ。だけど今は、これしか方法がないんだから仕方ない。

 俺たちが立てた作戦。それは、騎士団が派手に市街戦を繰り広げる裏で、秘密裏にランドルがいると思われる場所へ移動することだった。

 亡者どもは人間のように柔軟な組織だった動きはできないが、目標を見つければ集団で群がってくる。手足を切り落としたくらいでは死なないそのタフさ、恐怖を感じない点。それこそが、アレらを恐れなくてはいけない理由だ。

 だからこそ、俺たちは少数精鋭で街を駆けることにした。というよりも、勝手な行動をとる以上、騎士団の助力は受けられない。当然、カルラは一緒には来れない。カルラも、騎士団長として陣頭指揮に立たなくてはならないからだ。


「よいか、囲まれたら儂とオルドの魔術で彼奴らを焼き尽くす。少々の火傷は後で癒してやる故、駆け抜けるのだ」


「殿は俺が受け持とう」


 ファブリスがハンマーを掲げる。確かに、素早い攻撃のしにくいハンマーなら、後列で背後からくる亡者を蹴散らす方がいいのかもしれない。


「俺が先頭を走るよ。アデライドとネージュは、周囲を警戒しつつ状況を教えて欲しい」


「ランドルの居場所は……近づけばあたしにわかると思う。何か魔術を使えば、アデライドにも」


「わかった。四人しかいないんだ、誰一人欠けられないな」


 否応なく緊張してくる。一歩間違えば、亡者の群れに飲み込まれて死ぬだろう。そんな結末は御免こうむりたい。


「……まぁ、そう硬くならずともよい。なんとかなろう」


「あー、セバスチャンでもいればなあ。少しは楽もできそうなんだが」


「セバスチャン……って、あのぬいぐるみの」


 確か、ヴィラエストーリアの姫女王が飼っているペットだ。ノエルのぬいぐるみは、そのペットがモデルのはずだ。


「うん、まぁ今はな」


「今はいないもののことを言ってもどうにもならぬ。それより、今は一刻の猶予もない。準備が整ったなら……」


 アデライドが言いかけた時、部屋の扉が開かれた。そこには、クラレットが立っていた。


「アデライド様……」


 無事にファブリスと避難していたのだと分かり、俺は安堵する。見るからにか弱そうなクラレットが、たった一人で亡者の群れの中を生き残れるとは思えなかったからだ。


「クラレットか。どうした」


「お話は聞かせてもらいましたニャ。今こそ、アデライド様に受けたご恩をお返しする機会と思い、参上いたしましたニャ」


「……いや、オルドの面倒を頼んだ時点で、その借りは受けとったつもりであったが。お主、外は危険だとわかっておるのか?」


「わかってますニャ……」


 大きな青い目が、決意を秘めてアデライドを見ている。アデライドは肩を竦めると、頷いた。


「まったく、お主らの忠義嬉しくは思うが。まぁよい、死ぬことだけは許さぬぞ」


「心得ておりますニャ。我らケットシーは、猫にございますニャ。気配を殺し、獲物に忍び寄り、仕留める。その本分は、狩人でございますニャ」


「え、クラレットって戦えるのか……」


 俺の間の抜けた声に、俺以外の全員が呆れたような顔をする。


「勉強不足だの、オルド。ケットシーは妖精だ。魔術も操るが、彼らの最大の武器はその牙と爪。瞬発力だけで言うならば、半端な魔物ではかなわぬであろうな。それが人であるならばなおのこと」


「クラレット強いんだな……」


「それほどでもありませんニャ。オルド様とアデライド様の御身は、このクラレットが」


 そう言って頭を下げるクラレットは、商人としての彼女よりも随分と大人しい印象を受けた。

 どうやら心強い味方が一人増えたらしい。こうして俺たちの、秘密の作戦が静かに始動した。

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