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ノエルの願い

 希望の丘の子供たちはノエルが手渡したパンとスープを喜んで食べていた。子供たちの笑顔を見られたことだけでも、今回の慰問はいみのあるものだっただろう。

 だが当然、ノエルの……そして、俺とレティスの目的も、そこではない。希望の丘の子供たちの処遇をどうするのか。

 それはなにも、同情心からだけではない。

 子供たちの今後に関して俺たちが講じられる対策は、実はそう多くはない。まず、希望の丘の再興。これは現状、難しいと言わざるをえないだろう。何故ならば、もうすぐ冬がやってくる。北方のクレイアイス程寒くはないとはいえ、雪が降れば新たな孤児院の建設は難しい。何より孤児院の建設の間、ずっと若草騎士団の宿舎に子供たちを置いておくことは無理だ。

 そうなると、子供たちを一時的ないし今後ずっと、他の孤児院に預けるという方法を取るか。これも、俺やノエルが望むところではない。もちろん子供たちの気持ちもそうだろう。


「レティス様……は、せんせ……えと、オルド様と結婚するんです、か?」


 子供たちの話し相手になっていたレティスに、ドイルがたどたどしい言葉で尋ねる。どうやら、レティスを前に緊張しているらしい。少し顔が赤い。


「えぇ、そうよ。ドイルと言ったかしら? あなたは……確か、将来冒険者になりたいのだったわね」


 レティスの優しげな問いに、ドイルはこくこくと頷く。


「俺……勉強は苦手なんだ……。ケイン先生にも、最低限の読み書きは教えてもらってたけど……」


 恥ずかしそうに俯くドイルに、レティスはあくまでも優しく微笑む。


「ではドイル。あなたの得意なことはなにかしら」


「け、剣術!」


 即座に答えたドイルに、レティスは満足そうに頷いてみせる。


「素晴らしいことよ、ドイル。誇れることがあるというのは」


「そ、そうかな……」


 はにかんだように笑うドイルに、レティスもにこりと笑ってみせる。


「ドイルは剣が得意なんですって」


 隣で聞いていたノエルに、さりげなく話題を振る。それは、レティスからの援護なのだろう。俺はただ、静かに成り行きを見守る。

 ノエルはじっとドイルを見つめ、他の子供たちを眺めていた。やがて、意を決したように口を開く。


「……みんなに、アペンドック家としてのお話があります」


 子供たちの不思議そうな視線に晒され、ノエルは緊張した顔で息を吸い込む。


「ノエル様、お話とは……」


 最年長のジェミルが、子供たちを代表して尋ねる。シスター・レインは、子供たちの様子をそっと見守っている。

 実は、今回の慰問に際し。シスター・レインには、俺たちの意向は伝えてあった。子供たちが望むのであれば、その身柄を引き受けると。恐らく、子供たちの意見を尊重するつもりなのだろう。


「今から話すことは、きっとみんな悩んで……決めることを怖いと感じるかもしれないけど……。アペンドック家も、そしてオルドの家も、そしてレティスも。みんなの味方だから……」


 ノエルはそう前置きすると、子供たちに現状の説明を始める。このままでは、みんなバラバラの孤児院へいくことになるかもしれないこと。新しい孤児院の建設は難しいこと。ノエルはノエルの言葉で、一生懸命説明している。

 驚くべきことに、子供たちは驚きはしているものの、落ち着いて話を聞いていた。


「……それで、ここからが本題なんだけど」


 息を吐きつつ、ノエルは続ける。


「みんながあまりバラバラにならない方法が、ないわけじゃないの」


「あのぅ……その方法って……?」


 いつもは控え目なベリンダが、最年少のクーリエを抱き締めたまま尋ねる。


「えっと……みんなが希望するなら、私やレティスの侍女とか、庭師とか……例えばドイルなら、見習い剣士として雇うこともできるの」


 しっかりとした言葉で。ノエルは子供たちを見渡す。そして、ふわりと笑った。


「でもね、それは本当はたてまえなんだ……。私……ううん、ノエルね。歳の近いお友達がいなかったから……みんなのこと、本当のお友達だと思ってて……だから……」


「ノエル様……」


 ジェミルが困ったように呟く。最年長のジェミルには、身分差が充分に理解できているんだろう。嬉しさと困惑。両方の色が顔には滲んでいた。


「……急には、決められません」


 ジェミルの言葉に、ノエルは明らかに落胆したようだった。それでもすぐに頷くと、笑顔を見せる。


「うん、わかってる。みんなは家族みたいなものでしょう? だから、ゆっくり考えて欲しいな」


 ノエルの言葉に、子供たちはめいめい顔を見合わせて頷き合った。

 そして、おずおずとテイルが口を開く。


「あの……もしテュリナとシャリナが帰ってきたら……」


「もちろん、二人が希望するなら受け入れるさ」


 俺が即座に答える。すると、子供たちは安堵したように笑顔を見せた。


「オルド様、そろそろ……」


 そんな俺の元へ、若草騎士団の騎士が耳打ちする。どうやらそろそろ時間のようだ。


「……じゃあ、今日のところは俺たちも帰るよ。それでいいな、ノエル」


「うん」


 ノエルも言わなくてはいけないことを言い終え、大人しく頷く。

 シスター・レインが立ち上がり、深く頭をさげる。


「本日は、ありがとうございました」


「いえ、また来ます」


 別れの言葉とともに、俺たちは子供たちに見送られながら帰路へと着く。子供たちが、俺たちのところを希望してくれるならいいんだが……。やれることはやった。あとは、彼らの気持ち次第だ。

 しかし、驚いたのはノエルだ。まだ八歳なのに、俺の知らない間に随分と大人になってしまったと思う。


「ノエル、今日はお疲れ」


「立派だったわ」


「そ、そうかな……」


 俺とレティスに褒められ、まんざらでもない様子だ。本当に、こういうところは相変わらず謙虚で可愛い。


「それじゃあ、帰ろうか」


 ここまではアペンドックの馬車に乗り合わせて来たからな。レティスの迎えの馬車は、アペンドック邸に来る手筈になっている。俺たちは若草騎士団の宿舎を出ると、アペンドック家の馬車に乗り込んだのだった。

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