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慰問

 クラレットというケットシーの商人との繋がりは、俺にとってもこの国の未来にとっても明るいものだろうと思う。

 クラレットとの話し合いを終え、俺は希望の丘の子供たちの慰問のため準備を始めた。

 希望の丘はレギンバッシュ家が創設し、孤児たちの教育をしていた場所だ。俺の両親が亡くなった後は、ケインさんが引き継いでいた。そして、ケインさんが死んだ後はエリスさんから俺へ。

 そんな希望の丘の慰問をノエルがやりたいというのは、ごくごく自然な流れだろうと思う。

 そして、もう一人。


「お前が行きたいって言うのは珍しいな」


「あら、ちゃんとお母様にも許可は頂いているし、正式な書類も届けさせたはずよ?」


 俺とノエルの目の前には、レティスが立っている。


「若草騎士団の宿舎とはいえ、名門ヴァルキード家のお嬢様が行くところじゃないと思うんだが……」


「名門といえば、ノエルだってオルドだってそうでしょう」


 呆れたような様子のレティスに、俺はなるほどと頷く。

 レティスもまた、俺と婚約している関係から参加しても不自然ではない。


「ノエルが言っていたでしょう? 希望する子には屋敷で働いてもらうことも考えているって。私も婚礼を控えているし、正式な私付きの侍女になりたい子がいれば、引き取りたいと思って」


「侍女?」


 最低限の人数で生活していたアペンドック邸には馴染みのない言葉なのだろう。ノエルが首をかしげる。


「身の回りのお世話をしてくれる女性の召使いのことね。でも……ノエルにとっては、お友達みたいな存在っていう方がわかりやすいかしら」


「お友達……」


 レティスの言葉に、ノエルが顔を輝かせる。年齢の近いノエルと子供たちなら、確かに友達という方がしっくりくるかもしれない。


「それにね。外へ職を与えることはできるけど……希望の丘という家で育った子たちが、バラバラになってしまうのは、どうしても耐えられないの」


 確かに……エリスさんや俺のところに分散させれば、少なくとも月に何度かは会う機会も設けられる。俺はレティスのことを見直してしまう。いや、元々彼女は聡明なのだ。そして、優しい。

 苛烈な部分もあるにせよ、本来は心優しい人間なのだ。


「じゃあ、もし希望する子供がいれば……引き取ることも考えよう」


 俺の家も両親の代からいた召使いには殆ど暇を与えてしまって、実は猫の手も借りたい状態なのだ。俺とレティスの婚約パーティーの時は一時的に人を増やしてはいたけど。

 もし俺の……というか男の家督相続が認められなければ、全員暇を与えざるをえないけど。それでも、いざ動き出した時に人手がないのでは困る。


「お友達……なってくれるかな……」


 ノエルも別の方面で思いを馳せているらしい。

 何にしても、まずは慰問だ。子供たちの現状を把握しなくてはならない。



+++++++



 若草騎士団の宿舎は、王宮の中でも端の方に位置していた。丁度東側の敷地に建てられた宿舎は、その名の通り若草をモチーフにしたレリーフを入り口に戴く。

 質素ながらも頑丈な造りの門の前には、フルフェイスの甲冑を着た守衛が二人立っていた。当然、彼女たちも若草騎士団の一員だ。


「オルド・レギンバッシュです。今日は希望の丘の子供たちを慰問に訪れました」


 書類を守衛に渡すと、一人が中へと入っていく。程なく守衛がカルラを連れて戻ってきた。


「オルド、よく来たな。子供たちも待ちわびていることだろう」


 カルラが笑顔で出迎えてくれる。後ろにいたノエルとレティスも、口々に挨拶を口にする。


「案内しよう、こっちだ」


 カルラが先に立って歩き出すのを、俺たちも追う。そう複雑ではない造りの建物内を進むと、すぐに外へと案内された。

 だだっ広い敷地に、訓練用の的や道具が置かれたそこは。若草騎士団の訓練場なのだろう。その一画に簡易の天幕が用意され、子供たちが大人しく椅子に座っていた。

 俺とノエルの顔を見ると、子供たちの表情が安堵や喜び、そして悲しみの色を帯びる。


「オルド様、本日はお忙しいところお越しいただきありがとうございます」


 子供たちに寄り添うように立っていたシスター・レインが、悲しげに瞳を伏せる。


「来るのが遅くなってすみません。本当に……みんなも、よくがんばったな」


「先生……」


 誰かが呟き。そしてそれが泣き声に変わるのに、そう長い時間は掛からなかった。


「辛い思いをしただろうに、泣き言ひとつ言わず大人しくしていたのだ……」


 カルラもまた、そんな彼らを悲しげに見つめ。俺にそっと耳打ちする。


「ノエル」


 俺は今にもつられて泣きそうなノエルに、そっと声を掛ける。今は正式な慰問として訪れている、その役目を果たさなくてはいけないのだから。


「……みんな、これ。オルドから」


 ノエルは用意してあったバスケットを、子供たちの座るテーブルに置く。中には温かいスープと焼きたてのパンが入っている。


「ノエル様……」


 シスター・レインが涙を拭いつつ微笑んだ。子供たちもまた、もう泣いているものはいなかった。


「……みんな、ありがたくいただきましょう。女神キルギスと、お優しいオルド様、ノエル様に感謝を」


 温かい食事を取って、少しでも元気になってくれればいいのだ。攫われた二人のことを心配する前に、彼らは彼らの生きる道を選ばなくてはいけないのだから。

 それは残酷なことのようだけど、今の俺たちにできる精一杯だ。願わくば。誰も悲しみに涙を流すことがないように。

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