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幕間:アデライドの憂鬱

読んでもストーリーに影響はありませんが、次話以降でアデライドの持ち帰る情報の出所に関しての話になります。

 エルフとして生を受け、その身に溢れる魔力と惜しみない精霊たちの愛。そして叡智を蓄えてもなお、読み解けないものもある。

 アデライドはそれを理解しているが故に。一人暗い森の奥地へと転移を完了させていた。

 人間の領土でありながら、いまだその最奥は荒らされることなく、清浄な空気を保った太古の森。

 人々の間では、フレミアの森として知られるその奥。来るものの認識を阻害する魔法……驚くべきことに、それは、エルフの操る魔法で守られた門であった。

 魔術など、所詮はアデライドの前では児戯にすぎない。精霊たちの加護を余すことなく享受できぬ人間が、ソレを公使たらしめるための理論。

 エルフの操る魔法とは、世界の理ともいえる。息をするように扱えて当然のもので、当然のことながら魔術での結界ではなく魔法での結界が勝る。それにより守られたこの場所の護りも堅いのだ。

 それでも人間の中にも稀に、そんな差など一足飛びに埋めてしまう者がいるのも事実なのだが。


「久しいな」


 アデライドは口元に笑みを浮かべつつ呟く。

 アデライドの目の前には一人の騎士。濃紺の見惚れるほどに美しい鎧を着た、エルフの騎士だった。

 エルフの技術を惜しみなく投入して作られたその鎧こそ、エルフたちが隠れ住む妖精の国……エルシディヤの、王を守る親衛騎士団長にのみ許されたものだ。

 彼の身につける鎧には、不思議な文様が彫り込まれ、絶えず黄金に明滅している。精霊から常に加護がもたらされ、彼の身を守っている証だった。


「……お久しぶりでございます、アデライド様」


 長い金髪をすっきりと纏めた美青年だ。その深緑の瞳を伏せると、彼は恭しく頭を垂れる。それは、正しく臣下の礼。


「顔を上げよ、リグエール。儂はすでに、お前の主人ではないのだ」


「……姫、いい加減機嫌を直されたらいかがです。王家の人間の保護以外での来訪は、大変喜ばしいことですが……」


 リグエールは礼を解くと、呆れたようにアデライドを見つめる。その様子をファブリス辺りが見たら、苦笑いを浮かべそうな。だが、アデライドの表情に変化はない。アデライドにとって、このリグエールのお小言は毎度のことであったからだ。


「またその話か。くどいな」


 アデライドは肩をすくめると、それ以上は話すつもりがないと言いたげだ。それも毎度のことなので、リグエールも半ば諦めたように溜息をつく。

 クレイアイス王室の一部のものにのみ伝えられる、王国の始祖である英雄王とエルフの美しき姫の恋物語。愛し合う二人に怒れるエルフの王が、哀れなエルフの姫に王位継承権の剥奪を申し渡したーー……。

 それは正しくもあり、間違ってもいる。何故ならばその文献を作ったのはアデライドであり、愛する男との結婚に難色を示した父に対し、腹を立てて国を飛び出したのはアデライド自身だった。

 かつて共に旅をした少女に語って聞かせた物語は、文献になぞらえるならば正しいと言える。だが、真実とは。

 まぁ、少し脚色しただけだ。アデライドは微笑む。


「若かったの……」


 目を細めて呟くアデライドを、リグエールが諦めの目で見る。


「格好つけても駄目ですよ。それで姫、此度は如何なる用向きで?」


 リグエールが改まって尋ねる。まさか、父であるエルフ王と仲直りしにきたわけではないだろうと思いつつ。


「うむ、儂としても此処へ来るつもりは毛頭なかったのだが……少し、王宮の書庫を利用しなくてはならぬ用が出来てな」


「書庫ですか……もちろん、姫は王位継承権の剥奪をされているのです。陛下にお会いして、許可を貰わねばならないと愚考いたしますが?」


 早く会ってさっさと仲直りしろ、というリグエールの援護射撃……もとい圧力を、アデライドは溜息と共に受け流す。


「ふん、あの頭でっかちが謝るのならば、儂も考えてやるとしよう」


 アデライドは鷹揚に頷いてみせるが、会う気がないのは明白であった。

 なにせ、エルフ王ハストゥエンは、アデライドの断じた通り頭でっかちだったからだ。だが、愚かだというわけではない。こと娘のこととなると、というだけのこと。


「では姫、私は職務に戻りますが。くれぐれも、陛下と喧嘩をなさらぬようお願い申し上げますよ」


「貴様、父をけしかけたらただではおかんぞ」


 アデライドの目は本気である。これは、もう数百年は仲直りも無理だろう。リグエールは内心で溜息を零すのであった。



+++++++



 エルフの住まう都、エルシディヤ。美しきエルフたちの住む楽園。

 中心に根をはる巨木。神樹エルシディヤがその名の元となった都である。


 アデライドは、そんな都の中へ難なく侵入を果たす。侵入というのもおかしなものだが。

 平和に過ごす民たちを満足そうに眺めると、真っ直ぐに王宮を目指して歩く。アデライドの存在に幾人かが気がついたようだが、彼女は気にも留めない。

 衛兵たちも、アデライドの姿を見れば道を譲る。そのことからも、王位継承権の剥奪など、建前でしかないのだと理解できるだろう。


「すまぬが、少し邪魔をするぞ」


 膨大な量の書物を保有するエルシディヤの書庫。その書庫を管理する司書に声を掛ける。


「まぁ、アデライド様。もう陛下と仲直りされたのですか?」


 そもそも、アデライドがクレイアイス王室の意向以外でエルシディヤへと来ること自体が稀なのだ。リグエールのみならず、民たちが期待するのも仕方のないことだった。

 それに少し罪悪感を覚えつつも、アデライドは首を横に振る。


「今回は、隠者としての仕事でも仲直りでもない。冒険者として参った」


「冒険者……ですか? アデライド様が」


 僅かに驚いたのか、司書の女性が首をかしげる。何故そんなものに? そう言いたげな視線を鬱陶しそうに手で制す。


「まぁ、細かいことは良いのだ。死霊の王に関しての書物を探しておる。それと……魂で結んだ契約の破棄に関してだ」


「まぁ……ではついに、人間界を離れ、こちらへ戻られる決心が?!」


 司書は、アデライドが愛する夫との縁を捨て、エルシディヤへと戻るつもりなのだと思ったらしい。思わず頭を抱えそうになる。

 だが、ここで余計な期待を持たせるのは危険なことだった。


「違う。何故そんなことをする必要があろうか。よいか、神と結びし縁を断ち切る法を知りたいのだ」


「姫、あの方を蘇らせるため、死霊の王と契約を……?」


 ドン引きする司書。がっくりと肩を落とすアデライド。


「何故そうなるのか。死霊の王と繋がっておれば、そもエルシディヤへと来れる道理がない」


「あ、そうですね」


 精霊の本質とは、生のエネルギー。死霊の王モルドは、死を司るのだ。当然、モルドと繋がれば入り口をくぐることは不可能だ。


「いいから、そのような書物があれば持ってくるのだ」


「畏まりました。今お調べいたしますね」


 司書は仕事をする気になってくれたようだ。アデライドは安堵しつつ、書庫を見渡す。見慣れた書庫は郷愁を誘うが、既にここはアデライドの居場所ではないのだ。


「……該当の書物ですが、こちらですね」


 二冊の分厚い本。司書が精霊の助力を得て、発現せしもの。


「ふむ、助かった。では儂は行くが、くれぐれも余計なことは喋るでないぞ」


「わかっておりますよ」


 心外だとでも言いたげな司書を一瞥すると、アデライドは書庫を後にする。

 情報を精査している時間はない。早くエルシディヤを出なければ、一番厄介なものに出会いかねないからだ。

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