予測
ひとまずアペンドック邸へ戻ってきた俺たちは、改めてレティスとカルラ、ベリエラも交えての作戦会議をすることにした。
「姉上、お久しぶりです」
「息災なようでなによりです、カルラ」
こうやって二人が並ぶと、確かに似ているなと思う。
応接室に集まった俺たちは、ナルが紅茶を用意して出て行くのを見届けてから口を開いた。
「具体的にこれからどうするかを考える前に、まずは情報を整理しよう」
「リルハやケインを殺害するように仕向けたのは、本人の言い分とあの少女の言い分から間違いなさそうね」
エリスさんが悲しげに呟く。それもそのはずだ。ランドルはエリスさんが若い頃からの知古で、親友だった。こうなるまでは本当はどこかで自信を否定していたはずだ。
そうであってほしくないと。あいつが犯人であるはずはないんだと。
「いくつか謎も残っておろうな」
声をあげたのはアデライドだった。
「草原で俺たちを襲ったメダリオンの魔術師がいたろ。あれがランドル子飼いの魔術師なのか、それとも協力関係のモルドの使徒なのか……」
ファブリスの言葉を受け、アデライドが頷く。
「……アンデッドを操っていたと言っていたわね? 関連があるかはわからないけれど、ここ数ヶ月縁者のいないものを埋葬する集団墓地で、死体の盗難が頻発しているという報告があがっているわ」
「姉上、それは違う方面での解決が見えたという話では?」
「いいえ、カルラ。私が言いたいのは、その調査と報告を行っているのが、ランドル配下の貴族たちということなの」
ベリエラの言葉に、カルラは目を見開く。
「……なるほど、ランドル配下の。では、オルド。私の方からもひとついいか? 姉上の件と同一犯かと睨んでいたのだが、浮浪者や孤児の行方不明事件も起こっているそうだ。大抵は教会や支援施設へ身を寄せているものが多いから、最近見かけないという報告があがってきていた」
「孤児もなのか?」
俺が尋ねると、カルラが難しい顔で頷く。
「幸いまだそれほど被害が拡大している様子はないが、上も浮浪者や孤児相手には腰が重くてな。これがランドルと関連があるかまではわからないが」
「直接的に考えるなら、ランドルが手駒にするために集めさせていると考えるのが簡単よね?」
レティスが確かめるように口を開く。
「……だが、何者かがランドルの仕業に見せようとしているともとれるな」
アデライドが肩をすくめる。
いずれにしても、現状で状況証拠が増えたに過ぎない。確実な証拠を悠長に集めていて、ランドルにモルドの巫女を始末されでもしたら。
いやそれよりも、アデライドの言う通り、ランドルはケインさんたち殺害の指示こそすれ、他の……草原での一件なんかには関係していないのか。
「少し、いいかしら」
穏やかな声で口を開いたのは、エリスさんだった。
部屋にいた全員の視線が、エリスさんに注がれる。
「一か八かになるけれど、女王陛下のお力をお借りしようと思うの」
エリスさんの言葉がゆっくりと。確実に一同の耳へと届く。その結末を見届けるために、口を開くものは誰もいない。
「女王陛下は賢く聡明なお方。私たちがここでどれほど不安や疑念を話し合ったところで、審問会を開けるのは女王陛下の命あってこそ。それならば、件のモルドの巫女の件も含め、報告すべきだと思うの」
「でもエリス……女王陛下の身が危なくはならないかしら」
ベリエラの危惧は最もだ。女王陛下が一定の貴族に肩入れするというのは、本来であればいいことではない。
女王陛下は国の公正な審理者であり、厳正な執政を求められる。今エリスさんがやろうとしているのは、ランドル配下の貴族、貴族会議や元老院らに越権だと責められかねないことだ。
「だが、一番確実な方法でもあるな」
アデライドの静かな声が響く。
メリットとデメリット。難しい決断を迫られているのが理解できた。
「俺は……女王陛下にお会いしてみるべきだと思う」
「オルド……」
エリスさんの安堵の声。俺は頷くと、ゆっくりと立ち上がる。
「モルドの巫女が女王陛下の御前でも素直に話すかはわかりませんけど、その価値はあると思います」
「……みんな賛成なの?」
ベリエラが当惑の表情で見回す。
「……そう。わかったわ。だけど、どうやって彼女に話をさせるつもり?」
「それについては、俺に任せてもらえませんか。交渉してみます」
「オルド、危ないことは……」
「わかってるよ、レティス」
レティスが不安げに瞳を揺らす。俺が笑いかけると少し安心したのか、不安そうな顔は崩さないものの頷く。
「アデライド、さっき言った巫女の浄化の件、考えてみてほしい。もし巫女の精神が元々あぁじゃないなら……更生もできると思うから」
「そう簡単なもんかねえ」
ファブリスのぼやきは聞かなかったことにする。
あの少女は何も言わないけど、もしも好き好んであの境遇にいるわけじゃないなら。手を差し伸べてあげたかった。
「よかろう。少し調べる故留守にするが、ファブリスを置いていく。荒事があればこき使うが良い」
「しょうがねえな」
「二人とも助かるよ」
なんとか方針が決まりつつあった。
あとは、俺がモルドの巫女との交渉を成功させること。
「……では、私とエリス、それにメリアドール殿の連名で女王陛下に謁見の許可を求めるわ。さすがに公式な場だから、オルドたちを連れて行くわけにはいかないけれど。まずは女王陛下に現状をお話しして、件の巫女の話を聞いていただけるか聞いてみなくては」
「すみません、よろしくお願いします」
俺は深々とベリエラに頭をさげる。
ベリエラは苦笑いを浮かべると、しっかり頷いてくれた。
「では各々動きましょうか。レティス、一緒にヴァルキード邸へ行きましょう」
「わかりました。それじゃあオルド、気をつけてね」
「あぁ、レティスも」
俺のことはベリエラさんがモルドの巫女のところへ連れて行ってくれるらしい。
「ファブリスは、ここでカルラと一緒にノエルを見ててもらえると嬉しい」
「おう、任せておけ」
果たしてノエルは、ファブリスのような大男に泣かないだろうかと一抹の不安がよぎるが、俺はそこは考えないことにした。カルラもいるしな。
こうして、俺たちはアペンドック邸を慌ただしく出たのだった。




