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泡沫の夢

 マリーヌがもたらした噂話は、母親の座るはずの席を見た時よりショックだった。

 俺の夢は、立派だったという両親のような魔術師になること。同時に、「没落貴族」の烙印を押されたレギンバッシュ家の再興。

 正直、再興自体は難しくはない。適当な貴族の娘と結婚するんだ。ただし、次女以降になるだろうけど。


「でも、それじゃあダメだ」


 俺は、リルハ・レギンバッシュが座るはずだった椅子を睨む。


「俺があそこに座れるようになりたい」


 現段階では不可能だった。この国の通例を、制度そのものを作り替えないと。だけど、俺にはそうまでして守りたいものがある。

 この国の派閥争いが近年激化し、技術の抱え込みが横行していた。その結果、治療院の診療費がバカ高くなったり、ギルドでのマジックアイテムの金額が跳ね上がったりしている。

 俺の両親が提唱していたのが、もっと開かれた研究をってことだったらしい。俺はその考えが好きだった。


「オルド様……」


 マリーヌの声に、俺はハッと我に返った。ノエルも心配そうに俺を見上げている。


「あぁ、ごめん。それで、どこの家が?」


 10年以上も空席だった場所に座ることになる幸運な貴族。その疑問は、マリーヌが答える前に解消された。


「嘘だろ」


 空席に腰かけたのは、あのランドル・アシェットの妹、キャロライン・アシェットだった。

 柔らかそうなハニーブロンドを緩やかに巻き上げ、薄桃色のドレスを身に纏う様はどこかの国の姫君のようだ。他の四人が高名な魔術師である分、キャロラインは萎縮しているようだった。濃い茶色の瞳が、不安そうにさ迷っている。

 まだ17だったか。俺の一つ下の少女にとって、あの席はどれ程の重圧だろう。


「お姫様みたーい」


 俺の気持ちを知る由もないノエルが、頬を紅潮させはしゃいでいる。確かにキャロラインは綺麗だ。俺が言うのもなんだが、あんな場所に座る器ではないことだけは確かだけど。


「家柄的には申し分ないんでしょうけれど……」


 マリーヌも同じ事を考えたのか、ぽつりと呟いた。いや、マリーヌだけじゃない。キャロラインを見る貴族たちの目が、或いは動揺に、或いは怪しく光る。

 無理もないだろうな、と思う。キャロラインを懐柔できれば、次にあの席に座るのは自分の孫かもしれないんだからな。


「これは、荒れそうだな……」


 あの席が遠のいたこともそうだが、キャロラインのこれからに同情を禁じ得ない。


「オルド様も、キャロライン様に求婚なさるの?」


「なんでだよ。そんなことしたら余計ややこしくなるだろ」


 安堵の表情を浮かべるマリーヌを無視し、俺は思わず考え込んだ。

 レギンバッシュ家は「没落貴族」だが、未だその財産も屋敷も研究内容も俺のものだ。普段はアペンドック家にお世話になっているが、ちゃんと家としては残っている。

 キャロラインを懐柔したい連中は俺が邪魔になってくるだろうし、俺を懐柔しにくるやつもいるだろう。


「オルド……」


 ノエルの声に、俺は思考を中断した。見れば、ノエルが眠たそうに目を擦っている。


「赤くなるからだめだって」


 頭を撫でると、ノエルが一つ欠伸をした。


「眠たそうですね、ノエル様」


「そうだなあ……」


 ノエルの為にはもう帰りたいところだった。ただ、これから他の貴族たちがノエルへ挨拶に来る頃だ。

 仕方なく、ノエルが退屈しないように給仕の召使いに飲み物を頼んだ。

 俺の予測通り、貴族たちがすぐにノエルを取り囲む。俺はもちろん、ノエルのすぐ側で待機だ。


「お可愛らしい」


「お母様によろしくお伝えください」


「ぜひ、我が屋敷へ一度。息子も逢いたがっております」


 我先にと自分を売り込む貴族たちは、醜い豚にしか見えない。

 第一、お前の息子は30歳出戻りだろ。

 心の中で毒付いていると、貴族たちがどよめきつつ道を開いた。


「キャロライン様……」


 マリーヌの声が、やけに大きく響いていた。

 キャロライン・アシェットが、貴族の波の向こうに立っていた。画家が見たら「天使の微笑み」とでも言いそうな笑顔を浮かべている。

 キャロラインはランドルを背後に従え、ゆっくりとした足取りで俺とノエルの前に立った。


「ご機嫌麗しゅうございます、ノエル様」


 優雅にドレスの裾を摘む。髪が揺れ、ふわりと何かの花の香りが鼻腔をくすぐった。


「は、はじめまして……」


 ノエルが恥ずかしそうに俯く。キャロラインは微笑むと、ノエルの頭を撫でた。


「私のお兄様とノエル様のお母様は親友だと聞き及んでおります。ぜひ、気軽にキャロルとお呼びください」


 さっきの不安そうな表情はなんだったのかという位、堂々とそう宣言した。ノエルもそれで緊張がとけたのか、微笑んで頷いた。


「オルド様も」


「え?」


 急に話を振られ、思わず間の抜けた声が出た。


「オルド様も、お友達になって頂けると嬉しいです」


 頬を薔薇色に染め、キャロラインが呟く。貴族たちが見守る中、変に断れない状況で。いや、断る理由もないんだけど。友達としてなら、な。


「えぇ、よろしく」


 俺が頷くと、キャロラインは花のような笑顔を浮かべた。可愛い。


「ノエル様、今度屋敷へご招待しますね」


「本当? ノエル、行ってもいいの?」


「えぇ、もちろんです」


 憧れのお姫様からのお誘いに、ノエルの瞳が輝く。


「約束!」


 貴族たちの事なんて、もう忘れたんだろうなあ。なんて考えざるを得ないほど、ノエルは嬉しそうにしている。ここ数日で一番の笑顔だ。

 恐るべし姫オーラ。少し妬ましいなあ。まぁ、ノエルが笑顔になってくれるなら俺はなんでもいいけどな。




+++++++




 舞踏会が終わり、帰りの馬車。すっかり疲れきって眠ってしまったノエルを見つめていた。


「浮かない顔ね……」


 エリスさんだ。俺は苦笑いを浮かべると、肩をすくめた。


「まぁ、少しショックだったんですよ」


「そうよね。私が意見を通すのも、これが限界だったの」


 色々なこの国の決定は、五つの有力貴族が主に決める。五つなのは、票が割れない為だ。この10年余り、空席をつくることを通してきたのはエリスさんの努力と俺へ対する配慮故だった。


「いえ、仕方ないです。努力してみます」


「そうね……」


 エリスさんの表情は、よくわからなかった。


「できると思いますか?」


 俺の問いに、エリスさんは捉えどころのない笑みを浮かべていた。

 否定されたとしても、俺はやるつもりだった。


「やってみせる」


 顔も覚えていない両親。だけど、二人の遺志を継ぐことが俺の存在意義なのだと思うから。

 暗い石畳を、馬車が進む。俺は妙な高揚感を覚えながら、じっと窓の外に広がる闇を見つめていた。

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