珍道中と闖入者
嘘のように平凡な、それでいて忙しい日々を過ごしていた。
女王陛下も多忙なこともあり、俺の立案に関しての返事は未だきていない。それでもやることは山積みで、ランドルのことは頭の隅に追いやられていた。
そんな折、アデライドとファブリスが屋敷を訪れた。
「中々よい顔つきになったな」
坩堝から溢れ出た魔物退治にもうすぐひと段落がつき、そうなれば次の地へと旅立つらしい。
「あなたたちのおかげで、少しだけ活路が見えました」
「そいつはよかったな」
ファブリスが頷きながら笑みを見せる。この二人との別れも、少し寂しくもあった。
「何かお礼がしたいのですが」
俺の提案に、二人は顔を見合わせる。
「儂らはただ、ほんの少しの助言をしたまでだ。だが……そうだな。少々手伝ってもらおうか」
「俺に手伝えることがありますか?」
「この辺りに棲む魔物で、食用のものを数体見繕い、加工してほしい。新たな旅へ赴くにせよ、食糧事情はよくしておきたい故な」
確かにそれなら、俺が適任だと言える。さすがに一人で魔物を狩るのは無理かもしれないけど。
「わかりました、すぐに出発しますか?」
「そう言いたいところではあるが……お主の装備はどうなっておる」
「学院から支給される杖とローブですね。俺自身は攻撃魔術はあまり得意ではなくて」
「まぁ、いざという時自分の身を守ってさえくれりゃ、なんでもいいさ」
ファブリスが肩をすくめる。元々俺の戦力はあてにされていない。というより、食用にもなる魔物程度、彼らの敵ではないんだろう。
「では、すぐに出掛けられるのか? それなりに足を延ばすことになるが……」
「数日ならなんとか、スケジュール調整でどうにかなります。スチュワードに話してきます」
正直、ワクワクしていた。初めて街の外へ出るというのもそうだし、冒険者の真似事ができるというのもそうだ。
まして、同行者は最強とも謳われる冒険者のファブリス・パシアンと、高位魔術師でエルフのアデライド。魔術師の末席にいるものとして、アデライドの魔術にはとても興味があった。
「お待たせしました」
スチュワードにスケジュール調整を頼み、道中食べるサンドイッチと旅支度に時間がかかってしまった。
二人は嫌な顔一つせず、そんな俺を待っていてくれた。
「では行こうか」
アデライドはどこか楽しそうに、ファブリスは呆れたようにそんなアデライドを見つめ。俺たちの短い冒険が幕を開けた。
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天気は快晴。絶好の旅日和と言えるだろう。俺たちはミリューの西門から出て、西側に広がる平野を歩いていた。街道を逸れて歩くのは、魔物との遭遇率を上げるためだ。
この辺りの魔物といえば、草食の大人しい魔物が多い。たまいグレイウルフが群れていたりもするが、彼らは知性も高く、滅多に人を襲わない。なにせ、人間と暮らす個体もいる位だからな。
草食の……というより、食用の魔物で最も多いのが、柔らかい毛に覆われたげっ歯類か。キラーラビットというこの兎、鳥のような弾力のある、臭みのない肉が特徴だ。結構群れているけど、臆病な個体も多く、巣穴に逃げてしまうことが多い。
ところがその蹴りの破壊力は凄まじく、人間程度の骨ならひと蹴りで粉砕するパワーファイターだ。
「大物がおるといいな」
エルフであるアデライドは、食べられる香草や薬草類は見分けられるらしいが、料理はてんでできないらしい。隠者の森で隠居していた頃は、商人から買い付けたりしていたそうな。
対するファブリスは、最低限の料理はできるものの、そこは男料理。アデライドの贅沢な舌には、どうも馴染まないということだった。それってわがままじゃないの?
もちろん、そんなこと口が裂けても言えないけど。
なんでも、かつての仲間にそれはそれは料理上手の人がいたらしく、アデライド的にはその味が忘れられないんだとか。なんとも難しい話だ。
「出来たら、お手柔らかにお願いしたいんですが」
「何を言っておる。儂の食糧事情がかかっておるのだ。大物がかからんと困る」
「俺は肉が食えればなんでもいいな」
ファブリスが何か言っているが、とりあえず無視することにした。
しばらく平野を進むと、やがて針葉樹の森と山脈が見えてくる。この山々は、クレイアイスの国境まで連なる山脈で、この向こう側は海だ。距離感が狂いがちだが、山の麓まで行くためには、更に数日歩くことになる。
「ふう」
不意に、アデライドとファブリスが立ち止まる。俺も同じように立ち止まると、アデライドが平野の一点を見つめて目を細めていた。
当然ながら、俺には何も見えない。ファブリスはどうなのかと仰ぎ見ると、同じようにアデライドの視線の先を見つめていた。
「何かいるんですか?」
「さあてね」
ファブリスがハンマーを握り直し、ニヤリと笑う。それは、戦いの神ヴォルデスの如き雄々しく荒々しい笑みだった。
「……小賢しい」
魔王のようなセリフを吐いて、アデライドが腕を振るう。目の前……ほんの二キロほど先の空間がぐにゃりと歪み、歪な光彩を放った。魔力が弾け飛ぶ耳障りな音が脳を揺らし、僅かな不快感に頭を振る。
その僅かな間に、俺たちの目の前に十人程の人間が立っていた。
前列に立つのは、漆黒の金属鎧に同じく漆黒のフルメイルの騎士風の人間。これが三人。漆黒のハーフメイルに、弓矢を携えた仮面の人間が二人。後列には、漆黒のローブを着た人間が五人。
まるで死神のような出で立ちの集団に、俺は思わず後ずさりをしていた。
思い起こされるのは、いつかの夜の襲撃だ。
「やっぱり出てきたか」
対するファブリスの口調は、今日の天気でも話しているかのようにのんびりとしたものだった。
こうして、俺の穏やかな冒険は終わりを告げた。




