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甘い甘いバスケット

今回少し短めです。

 舞踏会の夜から一週間が経った。間にヴァルキード主催の舞踏会があったり、様々な書類の提出に明け暮れたりと忙しい日々を送っていた。

 レティスとの婚姻準備も着々と進んでいたが、これは地味に……だが、恐らくランドルサイドと思われる妨害もあったりして、後始末が面倒だったりもした。

 だが、今日という日は俺にとって大事な日だ。

 この日のために、俺は持てるカードを出し惜しみせずに準備してきた。ケインさんから受け継いだレシピ本とにらめっこもし、寝不足にもなった。

 女王陛下との秘密のお茶会。エリスさんとメリアドールは本当に気を使って用意してくれたようで、恐らくランドル側に情報が漏れていることはない……はずだ。


「緊張してきた……」


 エリスさんと馬車に揺られつつ、俺はバスケットを抱き締める。女王陛下との非公式とはいえ謁見だ。礼装に身を包んでいるのもあって、吐きそうな緊張感に晒されていた。

 そんな俺を見ていたエリスさんが、目を細めて笑う。


「大丈夫よ、オルド」


 何の慰めにもならないが、俺はなんとか頷いた。

 馬車が大きく揺れ、御者が到着を知らせる。

 馬車から降り、見上げた王城は、恐ろしく巨大な口を開けた化け物のように見えた。

 これではまずい。俺は自分に気合いを入れ直すと、エリスさんの後について歩き出した。

 王城へ俺が来ることなんて、まずないことだ。いつかの晩餐会や舞踏会のような時も、王城本体ではなく舞踏会用のホールへと案内される。

 王城の構成は、女王陛下への謁見の為の広間や、各庁の会議、騎士団、そして後宮。魔術師として下っ端も下っ端の俺が気楽に立ち寄れる場ではない。


「エリス様、お待ちしておりました」


 近衛なのだろうか、ゆったりとした白いローブに身を包んだ女性が俺たちを出迎えた。

 迷路のような廊下を案内され、俺たちが通されたのは王城の奥まった場所にある一室だった。

 内装はごく普通の応接室という様子で、調度品は確かに豪華なものだが、それを含めても王城にある部屋にしては簡素なものだ。

 室内には、既に到着していたメリアドールが待っていた。


「……こんにちは、メリアドール」


「エリスにオルド。今日という日を無事に迎えられて良かったわ」


 前々から思っていたが、この二人は元々仲が悪いわけではないんだな。派閥が違うからといって、いがみ合っているわけではないってことか……。


「女王陛下はもう少しで参りますので、お持ちになったもののチェックをさせていただいてもよろしいですか?」


 白いローブの女性が笑顔で俺に尋ねる。


「あぁ、ベリエラ。ごめんなさいね」


 エリスさんが、俺にバスケットを開くように指示する。

 俺は言われるまま、バスケットの中身を取り出していく。

 ノエルが大好きだと言ってくれたパウンドケーキ、果物を使った見た目も綺麗なジュレ、チョコレートスポンジでチョコレートを包んで焼いた、少しほろ苦いザッハトルテ。

 あとは、ヴィラエストーリアから取り寄せている何種類かの紅茶の茶葉を用意した。

 ベリエラと呼ばれた女性は、それらの上に手をかざすと、口の中で何か呪文を唱えているようだった。ややあって顔を上げると、にこりと笑って頷いた。


「……形式的なものですが、毒と魔術の探知を行いました。問題ないようです」


「手を煩わせて悪いわね」


 エリスさんとベリエラは親しいのか、気さくな感じで話している。


「いいんですよ。それにしても……美味しそうですね」


 つまみ食いはダメですよ?

 ベリエラの目が、輝きながらお菓子たちに注がれる。


「……妹から噂は聞いていましたが……くっ」


 心の底から悔しそうなベリエラ。いや、妹?


「あぁ、申し遅れましたが……私はベリエラ・ベアード。ベアード家当主であり、防衛魔術庁長官です」


「え、ええ……?」


 ベアード家の人間が、長官になっていたのは知らなかった……。いや、俺の知識なんて本当に限定的なもので、そういえばカルラもそんなこと言ってくれてなかったしな……。


「あの……いつもカルラにお世話になっているので、今度持たせましょうか……?」


 俺の提案に、ベリエラの瞳が少女のように輝く。


「まぁ、それは嬉しいわ。ぜひお願い。特に、ローストチキンというものに興味があって!」


 あなたも肉食系女子ですか……?

 俺は笑顔を取り繕いつつ、頷くことしかできない。一見すればベリエラは儚げな美女なのに、あのカルラの姉だ。大人しくしていたほうがいいだろう。


「……そろそろ時間ですね。召使いもお湯を用意してくるころでしょう」


 ベリエラがローブを揺らし、入り口の扉を注視する。すぐにノックの音が響き、召使いが扉を開いた。

 背後に立っていたのは、いつか見た女王陛下だった。

 壮年の、活力と知性にあふれた女性だ。ゆったりとしたドレスに身を包んだ女王陛下は、扇で口元を隠しつつ俺たちを眺めていた。


「ふむ、そなたがリルハのせがれか」


 それが、女王陛下の最初のお言葉だった。

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