ドラゴンと魔王
本日はもう一度更新予定です。
キャロラインは、俺のために協力を申し出てくれた。
今回は、その意思を伝えたかっただけだというキャロラインと別れ、俺は大広間の中を歩く。大方の貴族連中とは既に挨拶を済ませ、残るはエリスさんとランドルだけだった。
その一角は、容易に見つけることができた。
一際大勢の取り巻きが囲むのは、エリスさんとランドルだった。少し離れたところには、不安げに様子を見守るノエルとマリーヌがいた。
マリーヌは俺の姿を見ると、少し安堵した顔で頷く。
「これは何事だ?」
どう見ても剣呑な雰囲気だ。俺は声を潜め、マリーヌに尋ねる。
「それが……ランドル様が……。話が違うとおっしゃって……。わたくしには、なんのことだか」
戸惑いつつも口を開くマリーヌ。
俺とレティスの婚約に関して、文句を言いに来たというところだろうか。俺は輪の向こうのエリスさんを見た。
ランドルが釣れている取り巻きは、驚くことに穏健派と過激派の下級貴族……それも、男性ばかりだった。取り巻きもまた、怒りとも蔑みともつかない色を瞳にたたえ、エリスさんを睨みつけている。
周りの剣呑な雰囲気とは対照的に、見つめ合うエリスさんとランドルの視線は、冷静なものだった。
「エリス、どうしても心変わりはしないつもりなのかい」
ランドルが、嗜めるように口にする。どこか余裕すら感じるその物言いに。おれはさっき別れたばかりのキャロラインの涙を思い出す。
妹が兄の非道に涙しているその瞬間までも、あくまでも利己的に振る舞うランドルに、怒りがこみ上げる。
「何度も言っている通りよ、ランドル。オルドの意思に任せていることだから」
「私の言っている意味を、理解してほしいものなんだがね……。いいのかい、本当に」
ランドルが、チラリと俺を見る。一瞬交錯するその視線は、恐ろしく冷徹なものだった。
「……もう充分でしょう、ランドル。これ以上は……」
「充分?」
呆れたようなランドルの声。取り巻きの怒気も合わさり、場の空気が悪くなっていく。
今は他の招待客に気がつかれていないようだが、それも時間の問題だろう。
「何事ですか」
そんな場の空気に水を差したのは、厳しい口調と険しい表情のメリアドール・ヴァルキードだった。
「我が娘の祝いの場を乱すとは、どういう了見かしら」
棘のある物言いで、過激派の貴族たちがざわつく。どうやら、メリアドールの権力に対してか、その苛烈な性格に対してか。あるいはどちらにもなのか、彼らは弱いらしい。
「ランドル・アシェット。貴方はこの婚約に何か異論でも?」
まるでドラゴンと魔獣の睨み合いのような。そんな緊張感が二人の間に流れる。
青い顔で後ずさる取り巻きたちを、いったい誰が笑えるだろうか。俺だってちょっと怖いと思った。
ランドルはそんなメリアドールの視線にも、口角を吊り上げて笑う。いつもの涼やかな笑みではなく、魔王の如き残忍で冷酷な笑みだ。これが、奴の本来の性格か……。
「ただの痴話喧嘩ですよ、メリアドール様。そんなに怖い顔をしないで頂きたい」
「痴話喧嘩。ですが、空気を乱したことは事実。どうなさるおつもりかしら」
「それは申し訳ないことをしました。オルドくん、君もすまなかったね」
言外でさらりと脅しをかけていたくせに、どの口が言うのか。俺は呆れつつも、笑顔を張り付かせて頷いた。
「いえ、気にしてはいません」
「君の優しさと懐の深さに感謝しよう」
とんだ茶番だ。俺は溜息をつきたくなるのを堪えた。ランドルは笑顔のまま、その場にいた人間に謝罪を述べ去っていく。取り巻きたちも慌てて追うあたり、よく訓練されているなと思う。
「……助かったわ、メリアドール」
「いいえ、あれくらいどうということはないわ。それより、公衆の面前で言い募るとは。相当焦っているようね」
「やはり、そうでしょうか」
俺の問いに、メリアドールが頷く。
「現在、彼の将来を脅かしそうな存在といえば、オルドくらいのものでしょうからね。報いだと思えばいい気味だわ」
なんだろう、こういうところは、本当にレティスとメリアドールってそっくりなのだ。
良くも悪くも、自分にも他人にも厳しい。審判の女神の化身と言われても、俺は疑わないだろう。
「例の件、少し慎重に進めましょうか」
エリスさんが、ノエルを抱き寄せながら呟く。
例の件とは、女王陛下とのお茶会の件だろう。今日の舞踏会で、俺の料理はそれなりに好感触だった。
うまい具合に、いい噂が陛下へ届くといいんだけどな。
「エリス、しばらくは身辺に気をつけるべきね。あれは相当頭にきていたわよ」
「そうね……カルラにも相談してみるわ」
「オルド、貴方もよ。一人で出歩かず、必ず護衛をつけなさい。可能なら学院も休むべきね」
メリアドールの様子から察するに、レティスはしばらく休ませるつもりか。俺もそのほうがいいだろうと思い、頷いた。
「わかりました、そうします。といっても、やることが多くて当分は学院に顔を出せそうもないですが……」
「オルド……」
ノエルが不安げに声を上げる。
「大丈夫だよ、ノエル」
まさかこんな所で頭を撫でるわけにもいかず、俺は笑いかけるに留める。
「頑張ってね……!」
それは、ノエルの精一杯の言葉なんだろう。最近、ノエル成分の足りていない俺は、抱きしめて撫でたい衝動にかられる。
これじゃあ、俺がやばい奴みたいじゃないか。そうじゃなく、俺にとってノエルの笑顔は優先されるべきものなんだからしょうがない。どこもおかしくなんかない。
「ありがとう、ノエル」
そんな邪な脳内なんて置いておいて、俺は笑顔で頷く。
ノエルは本当に天使だな、と思いながら。




