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夢の礎

本日二回目の更新です。前話を読んでから、こちらを読んでください。

 細々とした作戦を練り終え、俺はアペンドック邸を後にした。

 そろそろ昼を回ろうという時間だ、俺も舞踏会のために準備をしなくてはならなかった。

 今回は、レギンバッシュ家主催の舞踏会だ。他の貴族連中に恥ずかしくないよう振舞わないといけない。俺が笑われるような事態になれば、レティスに恥をかかせることになるからだ。

 それだけは避けないといけない。


「……もう、気軽に出かけることもできなくなるのか」


 ケインさんはある意味自由なひとだった。自らの足で市場をめぐり、冒険者とも積極的にやり取りをし、時には近郊の魔物を狩りに出かけることすらあった。

 王城に縛り付けられるような地位は望まず、どこまでも伸び伸びと生きているひとだった。

 そんなケインさんの生き方に憧れないわけでもない。一時は冒険者として……なんて夢物語を描いたこともあった。だけど、俺の夢はやっぱり、レギンバッシュ家の再興なんだ。


「寂しい?」


 違うと思う。後悔とも、多分。

 近所の子供だろうか。身なりからして、平民の子供たちが笑い声をあげながら駆けていく。

 その後ろ姿を目で追いながら、俺は自然と笑顔になっていた。

 あの子供たちが大きくなる時、貧しさや争いとは無縁の国であるように。つまるところ、俺がやりたいのは最終的にはそこだった。孤児院の子供たちが笑って暮らせるような地盤も整えてあげたかった。


「父さん、母さん。俺にどこまでできるかわからないけど……」


 両親とは違う方法でも、志は同じように民たちの手助けを。

 俺はもう一度それを胸に刻むと、石畳を力強く踏み締めた。



+++++++



 レギンバッシュ邸に戻り、料理の最終チェックや自分の着替えなど。本当にすることが多かった。

 慌ただしく準備をする傍ら、来客は応接へと着実に到着していく。

 今回はレギンバッシュ家の主催ということもあり、招待客の殆どは穏健派の貴族だ。過激派の中では、有力な貴族が数人。保守派の人間も少ない。

 その中に、当然ながらランドルもいる。


「準備、全て滞りなく済んでおります」


 長らく使われることのなかった大広間も、今は輝くばかりに磨き上げられていることだろう。召使いたちが料理を運び、飲み物を用意する。ようやく、レギンバッシュ邸が息を吹き返した感じがした。


「じゃあ、客人たちを案内しようか」


 控えめとはいえ、装飾のされた衣装は着慣れていないのもあり落ち着かない。

 俺は緊張しつつも、応接へと向かう。背後には、スチュワードが付き従う。

 応接の扉を開くと、中では貴族たちが飲み物を片手に歓談していた。やはりというか、それぞれの派閥ごとでわかれている。

 俺が室内に入ると、彼らは一斉に俺のことを見つめてくる。

 俺にとっては、キャロラインのお披露目以来の社交界。貴族たちの好奇の目も、納得せざるを得ない。


「お待たせいたしました。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


 なるべく笑顔で、胸を張る。ただでさえ、エリスさんの温情で生かされている没落貴族……という印象なのだ。なるべく堂々としなくちゃならない。


「ご案内いたします」


 近くにいたレティスが、歩み寄ってくる。

 真紅のドレスを身に纏うレティスは、まるで薔薇のように美しかった。事実、若い男たちからは溜息とも嘆息ともつかない音が漏れる。

 俺の婚約相手であることを見せつけるように、レティスは華やかに笑う。

 レティスをエスコートしつつ、部屋を出る。他の人々は、スチュワードが案内をする。大広間に辿り着くと、この日のために雇い入れた楽隊が、美しい音色を奏でた。

 みっともない屋敷の様子を笑いに来た貴族もいたんだろう。ピカピカに磨き上げられた床や壁、シミひとつないビロードのカーテン。天井から下がる豪奢なシャンデリア。それらを見て、幾人かから動揺する気配が漂ってくる。

 正直、両親が遺してくれた資産の三分の一ほどを使うことになった。必要経費だと思って諦めるしかないけど。


「では、しばしごゆるりとお寛ぎください」


 挨拶の口上を確認するために、俺とレティスは一度下がる。

 別室へ去り際、壁際に用意してある料理を見て、貴族たちが騒ぎ出すのが見えた。

 まずは、衝撃を与えられたということだろう。いい傾向だと思う。

 音楽は、ゆったりとしたものへと変わっていく。俺たちが戻るまでの間、食べ物と飲み物で大いに寛いでくれるだろう。

 別室へ下がると、レティスがラキュルの持ってきた果実水を飲みつつ笑った。


「ねえ、オルド。見た? 彼らの顔!」


 過激派の貴族たちのことだろう。レティスは面白くてしょうがないというように、空になったグラスをテーブルへ置くと、上気した顔を扇であおぐ。


「まぁ、笑い者にしたかったんだろうけど」


「そういう陰険な方は好きじゃないから、あの顔を見て正直清々したわ!」


「はは」


 ご機嫌なレティスを見て、俺も安堵する。どうやら今のところ、大きなヘマもないようだ。


「そういえば、ランドルの様子はどうだった?」


 俺がレティスに尋ねると、レティスは声をひそめる。


「……離れていたからわからないけれど、エリス様に何か話していたわ。余計なことを企んでいないといいのだけど」


「そうか……」


 俺への妨害を諦めて、エリスさんだけで我慢するつもりか?

 いや、それはないだろう。俺の計画はまだバレていないとは思うけど、少なくともレティスと婚約したことで、ランドルは計画をひとつ潰されていることになる。

 狡猾で執念深く、ノエルに酷いことを言える冷徹な奴だ。何かを企んでいるとみて、まず間違いはないはずだ。


「一応、気をつけて見てみようか……」


「ねえ、彼からダンスに誘われたらどうしようかしら……」


 ありえないことじゃない。そして、断るのも難しいだろう。


「……応じるしかない、だろうな」


「そうよね、穏健派と過激派の諍いをなくすためと思って、お受けするわ」


「ありがとう」


 レティスは全面的に俺の味方になることに決めたのか。非常に肯定的な態度だった。好かれているのはわかってるけど、なんだかむずがゆい。


「……じゃあ、戻ろうか。はぁ、挨拶か」


「普通にしていればいいのよ」


 レティスに慰められ、俺は頷く。貴族の駆け引きだの体裁だのは、どうしても好きになれそうはなかった。

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