作戦会議
この更新で舞踏会パートになると言ったな。あれは嘘だ!
分割します。次の更新は多分夕方か夜です。
翌朝、俺はスチュワードに舞踏会の準備を任せると、アペンドック邸へと向かった。
まだ早朝だが、エリスさんはもう起きている頃だ。最近は、俺がアペンドック邸で料理をする機会も減ってしまった。それでもあそこにはナルがいるので、食糧事情が悪化しているとは思えなかった。
仕事へ向かう人々を横目に、俺は足早に歩く。時間が兎に角惜しい。
「おはよう、ニナ」
アペンドック邸に着いた俺は、玄関ポーチで掃き掃除をしていたニナに、朝の挨拶をする。俺の急な来訪に少しばかり驚いていたようだが、ニナも笑顔で挨拶を返してくれた。
「オルド様、エリス様はただいま朝食をとられておりますが」
「取りついでもらってもいいかな」
「かしこまりました、確認してまいります」
ニナが丁寧にお辞儀をし、邸の中へ引っ込んでいく。すぐにニナは戻ってきて、エリスさんが会ってもいいと言っていると答えた。
「ありがとう。あぁ、自分で行くから案内はいいよ。仕事の邪魔をしてごめんね」
「いえ、お気遣い痛み入ります……。あの、オルド様……」
「どうかした?」
ニナが神妙な顔をして箒の柄を握りしめる。俺はニナの様子を注意深く観察する。
「……いえ、なんでもございません。ニナは、オルド様の前途に幸多いことをお祈り申し上げておりますので……では」
取り繕うような、そんな笑顔でニナは庭の方へ駆けていった。どう見てもなんでもないという様子ではないのだが、エリスさんを待たせている。とりあえずニナの事は置いておいて、俺は邸の中へと向かう事にした。
邸の中は、慌ただしかった。舞踏会の日は、どの邸もそんなものだと思うが、今までのアペンドック邸ではあまり見なかった光景だ。
今までは使用人の数が少なかったのもあり、ナルとニナがなんでもこなしていた。二人は若い女の子特有の、華やかさとは無縁ではある代わりに、静々とその役目をこなすのだ。
今はアペンドック家の使用人の数は、以前よりもかなり増えた。エリスさんとノエル付きの召使いたちが、二人のドレスや装飾品の準備で、楽しげなおしゃべりに花を咲かせている。
忙しなく、でも淑女らしいしとやかな動きで召使いたちが働く横を、俺はすり抜ける。彼女たちだって、ナルを除けば曲がりなりにも貴族の子女たちなのだ。
「エリスさん、朝早くからすみませ……ぐっ」
俺の口から、空気を押し出したような間抜けな声が漏れる。みぞおちのあたりに鈍い痛み。ノエルが、すっぽりと俺の腕の中におさまっていた。
「おはよう、オルド」
エリスさんが目を細めて笑っている。俺はエリスさんに会釈をすると、俺に抱きついているノエルの頭を撫でた。
「ノエルもおはよう」
「おはよう、オルド!」
満面の笑みで、まるで大輪の花が咲いたような。そんな錯覚すら覚える。ノエルはかなり元気になったようだった。
「何か用事だったかしら?」
エリスさんに勧められた椅子に腰掛けると、ノエルが膝によじ登ってくる。ご満悦でミルクティーを飲むノエルをそもままに、俺は頷いた。
「実は……」
冒険者……ファブリスとアデライドとの一件を、エリスさんに話す。
話をしている間、エリスさんは「あら」とか「まぁ……」とか、非常に驚いている様子だった。
「……料理で名を上げる」
エリスさんは本当に驚いているようで、何度もそう繰り返していた。俺だけが考えつかなかったわけじゃないとわかり、どこか安堵する。
エリスさんは、その考えがいいものなのか、判断しかねているようだった。
「確かに、オルドの料理はとても素晴らしいものよ。でも、魔術師としての名声が評価されがちなこの国において、余計な妬みの対象にならないかが心配ね」
「それはありますね」
ミリューの料理人の数は、実はそう多くない。食が発展していない上、貴族といっても実態は魔術師の研究者。晩餐会や舞踏会の時は別として、基本的に食事には無頓着だ。
その晩餐会にしても、出てくる料理はお世辞にもうまいとは言えない。そこには金をかけないのだ。加えて、国交の場に出たがる貴族というのは一握りで、そんな彼らはうまい料理は国外からの輸入で賄う。自国で発展させる気がない。
「女王陛下のお召し上がりになるものも、あまり美味しくないんでしょうか」
「あなたの基準で言ったら、そうなるかしら。女王陛下主催の舞踏会で出るお料理と、似たようなものね……それが何か?」
「新しいことを始める場合、女王陛下の承認が必要なんですよね?」
「……そうね。といっても、五大貴族を交えての会議という形になるけれど」
俺は頷きつつ、わずかに見えた光明に胸をなでおろす。それなら、俺にも少しは勝ち目がある気がする。
「利用するようで申し訳ないんですけど、エリスさんとメリアドール様の連名で、会議を招集することは可能ですか?」
「できるけれど……オルド、あなた……」
「俺の料理を、会議て食べていただきたいんです」
これは一種の賭けだ。もしも女王陛下の口に合わなければ、不敬罪で厳しく罰せられてもおかしくない。穏健派の貴族とヴァルキード家はいいとして、過激派の貴族の妨害も考えられる。
何より、ランドル・アシェット。会議へ出席するのはキャロラインだろうけど、何かを仕掛けてくる可能性がある。
「……難しいわね。でも、そうね……オルドのやりたいことをするなら、それが最も近道ではあるわ。女王陛下のお眼鏡に叶えば、あなたの功績にもなり得るでしょう」
「本当は、魔術師として地盤を固めるべきなんでしょうけど……」
「そこに関しては、アデライド様の意見に概ね同意するわね。あなたは、不幸なことに両親に先立たれているし……できることから。いいことだと思うわ」
俺はエリスさんの肯定的な言葉に安心した。実は、否定されないかと不安だったのだ。
ただ、これが成功したらレギンバッシュだけじゃない。エリスさんやメリアドールにとっても、悪い話じゃないはずだ。人脈を持たない俺と懇意にしたい貴族がいた場合、今回の会議を請け負ったエリスさんとメリアドールにコンタクトをとるしかない。
エリスさんたちは貴族へ対して、俺はエリスさんとメリアドールに対して恩を売ることになる。いや、そんなもんじゃ返しきれない恩がエリスさんにはあるわけだけど、この場合は対外的にそういう相関図が見えることが重要なんだ。
そして一番大事なこと。それは、穏健派の筆頭であるエリスさんと、過激派の筆頭であるメリアドールが手を組むこと。これは、将来派閥なんてものをなくしたい俺にとって、絶対に必要なプロセスだ。
「じゃあ、その方向で陛下には話をしてみるわ。そうね……本当はイケナイんだけど、メリアドールと陛下と、ちょっとお茶をしてみようかしら」
「お茶、ですか……」
「わからないかしら。オルド、ケーキと紅茶を用意しましょう。うちにある最高級の……そうね、ヴィラエストーリアの茶葉がいいわ。それに合うケーキを焼いて、持って行きましょう」
俺はエリスさんの貴族としての一面に、背が寒くなるのを感じた。
下地を整え、余計な横槍が入らないようにするつもりなのだ。
普段のエリスさんは、のほほんとした優しいひとだ。だけど、やっぱりアペンドックの当主として今まで家を守ってきたひとだ。俺なんかじゃまだまだ、エリスさんの足元にも及ばない。
ますます尊敬してしまう。俺もいつか、エリスさんのようになれるのだろうか。




