展望
本日二回目の更新です。前話を読んでから、こちらをご覧ください。
アデライドとファブリスに、事情を説明し終えると。アデライドは難しい顔で唸り始めた。やはり、クレイアイス王室と関わりのあるアデライドが、俺に協力することは難しいのだろうか。
俺が不安に思っていると、安心させるようにファブリスが笑った。
何から何まで、この二人に見透かされているようで。俺は居心地の悪さを感じつつも笑みを返した。
「……話はわかった。それで、お主は家の再興と男子の家督相続のための改革を行いたいわけか……。だが、それで冒険者の真似事か」
嗜めると言うより、子供に言い聞かせるような口調だ。俺は少しムッとしつつ、アデライドを睨み返す。
「俺には時間がないんですよ。研究で成果を上げるにも時間がかかりすぎるし、孤児院の子供たちが城に登用されれば違いますが、それも時間がかかる……」
子供たちに勉強を教えているのは俺で、将来的には俺の弟子ということになる。でも、彼らはまだ子供で、簡単な魔術すら扱えない。見習いにしか過ぎない俺に教えられることは、まだ少ない。
「オルドよ、急いては事を……とも言ってな。何者も、領分というものがある。お主、実技の成績はよくないであろう」
「う……いや……」
何故見透かされてしまうのか。確かに、俺はどうも運動が苦手だ。カルラに大分しごかれてマシになったとはいえ、正直俺自身には魔術も剣術も才能はないと思う。勉強は好きだ。座学の成績は悪くない。でも、それだけだ。
古の大魔法使いのような、強力な魔術や、強大な魔物との大立ち回りは俺にはできないだろう。
「かつて……共に戦った者に、ヴァレリーという少女がおってな。彼女は魔術において、非凡な才に恵まれておった。だが、それ故に人生を歪められ、人ならざる道を歩む事を宿命づけられた。オルド、儂の言いたい事がわかるか?」
アデライドの真摯な瞳は、魔術の才能がない俺を嘲るものではない。むしろ、俺の身を案じ、正しい道へと戻そうという優しさが見てとれた。
「その少女のような、悲しい結末を迎えるなという事ですか?」
「悲しい? う、うむ。まぁいい。そうではなくな、オルドよ。ヴァレリーは、才があればこそその運命を受け入れ、また運命もヴァレリーを受け入れたという事。だが、お主とヴァレリーは違う。お主の才とはなんだ?」
ファブリスが隣で笑いを堪えているのはなんでだ。
それよりも、俺の得意な事。俺が好きな事。
「……家事、です」
なんだか、最後は小さな声になってしまった。だが、目の前のアデライドは俺を見て、そして目の前の料理に目を落として頷いた。
「……なるほど、なるほど」
満足そうに何度も頷く様は、本当に嬉しそうで。俺はどういう顔をすべきかわからず、ぼんやりとアデライドの顔を見ていた。
「オルド、冒険者の真似事をしたいのなら連れて行ってやろう。だが、お主にはもっとよい方法があるのではないか?」
「えっと、それはどういう……」
「お主が今言ったのではないか。家事が得意なのだと。では、その技術を売りつけるのだ。世に広めよ。そうだな、レギンバッシュの名の下、冒険者向けの食堂や宿を開くのもよいかもしれん。食の改革だよ、オルド」
それは立派な功績にならないか? と。アデライドはとても魅力的な笑顔で言い切った。
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アデライドとファブリスを送り出したのは、すっかり夜も更けてからだった。
結局、冒険者の真似事は保留にした。というよりも、アデライドから提案された目から鱗の内容に、俺の心は僅かに踊っていた。
いや、正直に言うと、かなり高揚していた。
何故今まで気がつかなかったのか。
本当に我ながら愚かだと思う。だけど、他人の土俵で戦う事自体がそもそも不利なのだ。
俺にできる事。それはやっぱり、ケインさんから受け継いだ料理。確かに、今のミリューに一番足りないのは、食の改革だ。
「でも、どうやっていくかなんだよな……」
レシピをばらまくだけなら簡単なことだ。でもそれでは、恩も名も売れない。
打算的に考えるなら、それによって経済が動くような体制を作り上げなくてはいけない。
「そうか」
ケインさんが懇意にしていた商人や、孤児院の子供たちを思い出す。
商人には食材を買い付けてもらい、子供たちには仕事を与える。ギルドに人材の斡旋を願い出てもいい。
魔術師だけが絶対の国で、それ以外の職にも意味が生まれれば。
両親の目指した開かれた魔術。それは、いつか大成できればいい。今は、目の前のことをやりきれれば。
「……うん、少し落ち着け。エリスさんやレティスにも相談して……」
忘れないよう、思いついたことをメモしていく。魔術の研究や魔物討伐以外で功績を上げることを、果たして賛成してくれるだろうか。一抹の不安がよぎる。それでも、俺はこれにかけてみようかと思った。
「……っと、もう遅いな」
すっかり遅い時間になってしまった。明日の夜は、有力貴族を招いての舞踏会だ。当然料理も俺が手配済みだ。何か利用できないだろうか?
「俺に足りないもの……」
経験や駆け引きは今はどうしようもないとして。貴族社会で生き残る上で圧倒的に足りないのは、人脈だ。協力者と言える人間が、俺には少ない。
レティスが言っていたじゃないか。社交界にもっと顔を出すべきだと。
「でも、今は仕方ないか……」
背を預けた椅子が、ぎしりと軋む。俺は溜息をつくと、すっかり固くなった身体を伸ばした。
いずれにしても、今はうまい方法が浮かびそうもなかった。沈黙を守るランドルのことも気になる。明日は朝一で、アペンドック邸へ顔を出すことにした。
エリスさんとノエルも招待客に含まれているけど、今後についてのアドバイスも聞きたかった。
俺の行動がミリューの人々に受け入れられる事を願いつつ。夜は静かに更けていった。




