杳杳たる縁(ようようたるえにし)
ランドルに少しでも対抗するため、俺は早急に何かの成果を上げないといけなくなった。そこで、俺を助けてくれたという冒険者に協力を仰ぐために、二人の冒険者をレギンバッシュ邸に呼び寄せた。
冒険者は、大男の方はファブリス、エルフの女性の方はアデライドと名乗った。
「その節は、助けていただいてありがとうございました」
料理人が作った料理を勧めつつ、二人へ頭を下げる。
ファブリスが大げさに頷きながら、ご機嫌な様子で料理を口に運ぶ。
「たまたま通りがかっただけだからな、気にしないでくれ。それより、ミリューでこれほどうまい料理にありつけるとは思わなかった」
お世辞ではなく、それは事実だろう。それほど、ミリューにおいて料理は軽んじられている。
「ふむ……数百年で、ミリューもついに料理の文化を学び始めたという事か?」
アデライドも驚いた様子で料理を眺める。
俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「いえ、これは私の恩人が遺したレシピを元に、当家の料理人が作ったものです」
「なんだ……じゃあ、ミリュー全体の食糧事情が改善するわけではないのか……」
ファブリスが、とても残念そうに肩を落とす。
「冒険者の皆さんにとってはやはり、料理は重要ですか?」
「そうだなぁ。命張って帰ってきて、うまい飯とうまい酒が飲めないんじゃあ、つまらんよなあ」
「なるほど……」
研究や実験で、外の世界に目を向けることの少ないミリューの魔術師たちにとって、冒険者のような命の取り合いを生業とする人間の考えは、いわば対極にある。
ミリューにも冒険者は滞在するが、それは隣国レイダリアへの足がかりであったり、クレイアイスへの足がかりに留まる。通過点にしか利用されないのは、そういうことなのかもしれない。
ミリューが今日まで繁栄してこられたのは、国家の保有する知識と魔術、そして多数を各国へ輩出する、質のいい魔術師という「人材提供」によるところが大きい。だが近年は、冒険者養成の学院がレイダリアやヴィラエストーリアにも出来始め、より簡易に民間へも魔術師が生まれつつある。
ミリューがいつまで「魔術都市」の名を保ったままいられるのか。正直、怪しいところだ。
「ところで。今日儂らを呼び寄せた用向きは、そのようなことがききたいからではあるまい」
アデライドが翡翠の双眸を細める。俺は全てを見透かすようなその瞳に、小手先の嘘や余計な言い回しや通用しないのだと悟った。
「……実は、お二人にお願いがあり、わざわざお越しいただきました。お礼などと、騙すようなことをして申し訳ありません」
「よい。貴族からの指名など、冒険者にとって珍しいことでもあるまい。それで、願いとは?」
アデライドの所作は、どこか気品にあふれていた。エルフという種族全体がそうなのか、それともアデライドの身分が高いのか。いや、冒険者なんてしているんだから、はぐれエルフなのだろうか。でも、彼女にはどこか人を惹きつける、不思議な求心力のようなものがあった。
「私を、少しの間でいいんです。魔物討伐の依頼へ同行させてはいただけませんか」
「お前を?」
素っ頓狂な声をあげたのは、ファブリスだった。嗜めるようなアデライドの視線に、ファブリスが苦笑いでもって応える。
アデライドは難しい顔をしつつ、俺を値踏みするように見つめた。
「……何故だ?」
「それを話すと長くなるのですが……。ミリュー近郊の魔物の討伐をしたいのです」
「魔術師部隊なり、騎士団なりに任せておけばよかろう。何故お主がする必要がある? 当主の意向はどうなって……いや、待て。レギンバッシュといったか? そうか……」
アデライドがブツブツと言いつつ、考え込むように目を伏せた。ファブリスが隣で肩を竦め、身を乗り出す。
「オルドっていったか。オルド様の方がいいか? まぁいい。外は危険だぞ。アンタも知ってると思うが、最近魔物が活発でね……生態系の変化とでも言えばいいか」
「あぁ……災禍の魔女の……」
ファブリスの表情が、一瞬悲しげに歪む。大切な人でも、亡くしたかのような。
すぐにニカッと笑うと、頷いた。
「その魔女さんのな、大掛かりな魔術の後始末をしているんだが……」
それなら俺も知っていた。「坩堝」という、かなり大量の魔力と魔物、生贄を必要とした術だ。作り上げるのにも壊すのにも膨大な人数が必要なことから、あまり一般的な魔術ではない。
それを、災禍の魔女……正確には、人々の歪んだ信仰の果てに存在を歪められた女神キルギスが作り上げてしまった。教会から正式に声明があり、今は間違った教義の見直しが進んでいるという話だったが……。
「坩堝の残党狩りですか……」
坩堝から生まれた魔物は、かなり強いと聞く。実際、「災禍の魔女」が作り上げた坩堝と直接衝突したヴィラエストーリアの騎士団は、かなりの痛手を負ったという話だ。
それを、歴戦の冒険者といえども、たった二人で?
にわかには信じられない話だった。
「……正直、誰でも連れ歩ける依頼じゃあないんだが」
ファブリスが困ったようにアデライドを見た。考え事に没頭していたらしいアデライドは、顔を上げると俺を見つめた。
「訊くが。お主の身内に、リルハ・レギンバッシュという人間はいるか」
「え、ええ……母ですが、お知り合いですか?」
「リルハの息子か。知り合いというほどのものでもない。リルハがクレイアイスとの交流の折、少々世話をしてやっただけだ」
「そうだったんですか……」
「そうだ……しかし、リルハの息子か。我が愛子の末裔とは……ふむ」
「あの……」
アデライドの言っていることの半分も理解できず、俺は戸惑う。アデライドはそれまでの厳しそうな表情から、優しげな笑みを浮かべ俺に頷きかけた。
「そうか、リルハとカルドが死んで、もう長い時が過ぎたもの。オルドよ、聞いてはおらんかったか……? カルドがクレイアイスの人間だと」
「父が、ですか? いえ……エリスさんに聞けばわかるかもしれませんが……それが何か?」
「お前の父、カルド・レギンバッシュは、クレイアイス王室の遠縁にあたる、さる貴族の生まれだ。三男坊だが、よき子であった。クレイアイスでの式典おり、リルハと出会ってな。迷わずミリューへ行くと言いおった」
色々と驚くことが多すぎて、俺は逆に何も言えなくなってしまった。誰もそんなこと教えてくれなかったし、何より俺も聞かなかったわけだけど……。
何より、何故そんなにアデライドがクレイアイス王室に関して詳しいのか……。
俺の動揺を察知したのか、アデライドがひとつ頷いた。
「儂は隠者アデライド。クレイアイス王室を影から守護するものであり、我が愛子たちを悠久に庇護するもの。それはお主とて例外ではない」
「クレイアイスの……隠者なのですか?」
クレイアイスの西にある隠者の森に住むという。それがエルフで、美女で……?
「アデライドの言い方じゃ益々混乱するだろ。つまりな、アデライドは、オルドのおばあちゃんのおばあちゃんの、ずーっと昔のおばあちゃんってこった」
「え……? つまり、その」
気品があるはずだ。そんな記録は読んだことはないが、その話が本当なら、アデライドはかつてクレイアイス王室に嫁いでいたということにならないか?
「まぁ、そうとも言うな。やはり、他国へはこの話は届いておらぬか。まぁよい、オルドよ。お主が望むのであれば、儂が助けてやらぬこともないが、ひとつ条件がある」
「条件、ですか?」
最早驚きすぎて、何から突っ込めばいいかわからない状況だった。俺はただ、アデライドの言葉におうむ返しするしかない。
「全て話せ。その上で、何が最善か考えようぞ」
アデライドの有無を言わさぬ様子に、俺はただ頷くことしかできなかった。




