サンドイッチと密談
本日二回目の更新です。ちょっとかたいお話が続いてます。
渋るノエルを説得し、部屋から連れ出すことに成功した。今度はグレイウルフのヌイグルミをちゃんと受け取ってくれて、俺も一安心だ。
ノエルはそれを大事そうにベッドに置くと、俺の横に並んでついてくる。
行きと同じように、若草騎士団の騎士たちや召使いが、今度はノエルに声をかける。ようやく姿を見せたノエルに声をかける様は、誰もが心の底からノエルを案じていたのがわかる。
ノエルは恥ずかしそうに俯きながらも、一人一人に丁寧に謝罪と礼を述べていた。
「あ、ナル」
エリスさんの部屋へと向かっていると、召使いのナルが向こうから歩いてきた。ナルは俺たちを見とめると、途中で立ち止まり深々と頭を下げる。
「ノエル様、オルド様。どうかなさいましたか」
一瞬、気遣わしげな視線をノエルに送るものの、ナルはあくまでも事務的に話をする。
「エリスさんに話があるんだけど、今は部屋かな」
「……エリス様は先ほどお出掛けになられました」
あぁ、入れ違いか。ノエルが安堵と落胆、二種類の表情を浮かべている。
「どこへ行ったかわかるかな。あと、カルラがいるなら場所を知りたいんだけど」
「エリス様はアシェット家に行かれるそうです。用件に関しては聞いておりません。カルラ様は、夕刻こちらへ顔を出されるそうです」
「アシェット家に……なんで……」
「わたくしの口からはご説明致しかねます」
ノエルの言っていた、結婚という言葉が思い出される。まさか、エリスさんは……何か自分一人で背追い込むつもりなんだろうか。
「そうか、わかったよ。後で希望の丘へ手紙を書くから、誰かに届けさせて欲しいのと……カルラがきたら、庭にいるって言っておいて」
「かしこまりました」
ナルが頭を下げて去っていく。早く、エリスさんかカルラに会って話を聞かないと。
「オルド……」
ノエルが俺の腕を引く。不安げな瞳とぶつかり、俺は笑みを浮かべた。
「大丈夫さ、ノエルは何も心配しないで」
そうは言っても、仮にエリスさんとランドルの結婚が事実だとして。双方合意の上での婚約に、俺程度が茶々を入れられるかは疑問だ。それでも、ランドルが本当にノエルに脅すようなことを言ったのなら……俺はあいつを許すことはできない。
ランドルが望むのは、俺の家の研究結果だと思ってた。だからキャロラインをけしかけてきたんだと。だけど、ここにきて少し認識を変える必要があるのかもしれない。
エリスさんと、レギンバッシュの研究。その両方を得るつもりなのか?
「ノエル、腹減らないか?」
俺は思考を隅に追いやり、ノエルの頭を撫でる。
ノエルは首を横に振りかけ、ぐう……と控えめな主張が腹から聴こえてきた。
「……ご飯、ちゃんと食べてなかったんだろ」
なるべく明るく、俺は笑う。
ノエルは一ヶ月でずいぶんと痩せたようだった。ずっと思い詰めていたんだろう。無理もないよな。大好きな母親と離れ離れになるかもしれないうえに、俺の怪我が自分のせいでおきたと言われて。
そんなノエルにしてあげられることなんて、俺には一つしかない。
「まだ凝った料理は無理だけど、ニナに手伝ってもらって何か作ろう」
「でも……」
もじもじと俯くノエルの手を握ると、俺は歩き出す。
「俺もお腹すいたからさ」
「じゃあ食べる……」
ノエルは大人しくついてくる。まずは全力でノエルのために料理をする。俺は俺のできることを、今はするしかないんだから。
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おかしい。どうしてこうなった?
俺は困惑しつつ、目の前の状況を眺める。
目の前にはカルラがいる。その右隣にはレティス。二人とも、俺の作ったサンドイッチを食べている。いや、それはいい。ノエルもおいしいって言ってくれてるしな。
だが、何故二人が食べてる?
「二人とも、ノエルの分がなくなるからほどほどにな……」
と言っても、ほとんどはカルラが食べている。レティスは可愛いもんだ。
「んぐむぐもぐ」
カルラが何か言っているが、とりあえず騎士といっても一応は淑女なんだから、もう少し恥じらいを持って欲しい。
「ノエルも元気になってよかったわ」
レティスは完璧な所作で紅茶を啜っている。ノエルもやっと笑顔が出てきた。
「……んぐ。しかし、久々に食べたオルドの食事はうまいな!」
「それはどうも。とりあえず、色々と聞きたいことがあったんだが」
俺の言葉に、カルラが真面目な顔になる。ゆっくりと紅茶を飲むと、カップをそっとソーサーに置いた。
「……エリス様とランドル殿のことか」
隣にいるノエルの身体が強張る。俺が頷くと、カルラも頷いた。
「誰から聞いたかは知らないが、婚姻について動いているのは本当だ。エリス様のお心が何故動いたのかはわからないが……」
「ノエルだよ」
俺がカルラに伝えると、カルラのみならずレティスも驚いた顔でノエルを見た。
「本当なの?」
ずっと部屋にこもっていたノエルからの言葉。レティスは、信じられないというようにノエルを見ている。
ノエルは小さく頷くと、スカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「……ランドルさまが、言ってたの。お母様が結婚して、ノエルは悪い子だから一緒に住めないって……」
両の目から、大粒の涙が零れ落ちる。ポタポタと落ちる雫は、スカートの裾に悲しい染みを滲ませる。
「……直接的な手に出てきたわけか。オルド、やはり一連の出来事は……」
「あぁ、俺も両親の死も、今回のことも。あいつの策略だと思ってる。ついでに言うと、エリスさんにもノエルに言ったような脅しをかけている気がする」
「エリス様には?」
レティスの問いに、俺は首を横に振る。アシェット家に出掛けてることを伝えると、レティスは顔を顰めた。
「……お母様が言う通りになったわ。ランドル・アシェットは、派閥……というより、この国の体制を変えるつもりよ」
「どういうことだよ」
「あなた、小さい頃言ってたわよね。男とか女とか関係なく、家を継げるようになればいいのにって」
俺はひとつ頷く。それがそのまま、今の俺の夢のひとつでもあるからだ。
「つまりね、あなた以外にそう考える人間がいたっておかしくないってことよ。ランドルは実績もあるし、魔術師としても高位。あとはそれなりの家柄に婿に行ければ、地位は揺るぎないものになる。それが五大貴族のひとつであったら?」
「おいレティス……」
「エリスさんが、ランドルに当主を譲るって言ったとしたら……女王陛下も無碍にはできない。そうでしょう、カルラ」
「……難しい問題だが、会議にはなるだろうな。そして、それに賛成する貴族がいることも事実だろう」
「だけどそれなら、なんでノエルを遠ざけるんだ」
ノエルをそばに置いたままでも、それなら問題はない気がする。いや、むしろ将来の政略の道具にするという意味で、置いておいたほうが利点は多い気がする。
「自分の直系の子が欲しいんだろう。いや、ランドルは……もしや、男系家系を作り上げるつもりなのでは?」
「俺と違って、男だけがってことか」
「単純に、エリス様と自分の子だけを愛するつもりともとれるけれど……」
ノエルには酷な話だ。そして、予測すればするほど、エリスさんがノエルがランドルに言われたことを知っているとは思えなくなる。
「……そういえば、姉上に話を聞いておいたんだが」
カルラが以前、ランドルがエリスさんに求婚しているという噂についてだ。俺は頷いた。
「今となっては無駄なことだが、驚くことに噂の出どころは穏健派からだったよ。どうも、以前から度々……というより、エリス様の婚前から横恋慕していたようだが」
「……そうなのか」
だが、相手にされていなかった。それなのに、今になって。やっぱり不自然だよな。
「とにかく、エリスさんが戻ってきたら全部話すよ。俺を襲撃した魔術師に関しては……」
「それは、お前を助けた冒険者たちが捕まえ、捕縛してある。口は割っていないがな」
「そうか。冒険者たちはまだ、ミリューに滞在しているのか?」
「さてな……調べておくことはできるが」
「頼むよ。直接お礼も言いたいし」
カルラは頷くと、俯いているノエルに笑いかけた。
「ノエル様、ランドルに言われたことは忘れるといい。きっと、オルドや我らがお助けします」
「うん……ありがとう……」
「私も、何か手伝えることがあるなら手伝うわ」
レティスも怒っているのか、力強く宣言する。
「二人ともありがとう。とりあえず、今日エリスさんと話すから、また近いうちに相談しよう」
「そうだな。さて、私はオルドの様子を見に来ただけだから、そろそろ騎士団へ戻ろう」
「私も帰るわ。あ、見送りは結構よ」
レティスは優雅に微笑むと、カルラと共に出て行った。
全身を、妙な倦怠感が支配する。久々に動き回った上に、色々と考えることも多かったからか……。
「まぁ、やるしかないか」
俺は気合を入れ直すと、片付けをするために立ち上がった。
「そうだノエル後で希望の丘に手紙を書こうな」
「うん、書く。ずっと行ってないもんね……」
「そうだな」
早いところ治して、子供たちにも会いに行きたかった。
お詫びにとびきりの料理とケーキを焼いて。
それを実現させるためにも、まずは目の前のことを片付けていくしかない。俺は決意を新たに、サンドイッチのバスケットを拾い上げた。




