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ノエルだけがいない部屋で

今回、話の繋がりの関係で少し短めです。

 何者かの攻撃魔術にさらされた俺は、酷い怪我を負ってベッドで目が覚めた。

 これは疑いようのない事実だろう。

 ノエルは無事なのだろうかと不安な気持ちで待っていると、レティスがエリスさんを連れて戻ってきた。

 もう一人、メリアドール・ヴァルキードも一緒だ。


「オルド、目が覚めてよかったわ」


 ベッドサイドに椅子を引き寄せ、三人が座る。


「色々と聞きたいこともあるでしょうけど、まずはあなたが一番知りたいだろう疑問に答えるわね。ノエルは無事よ。怪我もないわ。」


 エリスさんの言葉に、俺は安堵の溜息を吐いた。

 どうやってかはわからないが、ノエルは無事に切り抜けられたらしい。ノエルに怪我がなくてよかった。

 だがそれなら、新しい疑問が生まれる。何故ノエルは無事だった?

 というより、俺は何故生きてるんだろうか……。


「幸運なことにね、たまたま通り掛かった冒険者があなたを助けてくれたのよ」


 俺は納得する。冒険者がこの国に滞在すること自体は珍しいことじゃないからだ。たまたま俺にその幸運が舞い降りた。そういうことなんだろう。


「……エリス」


「あぁ、メリアドール。ごめんなさいね」


 メリアドールが頷く。レティスと同じ美しい金髪を結い上げ、相変わらず厳しそうな表情をしている。


「まずは、あなたに対するこれまでの非礼を詫びさせてほしいの」


 そう切り出したメリアドールの表情は、以前ケインさんの葬儀に見た、蔑むような……敵に見せるようなものではない。

 俺は驚いた。メリアドールからそんな言葉が出るとは思わなかったからだ。


「オルド・レギンバッシュ。この私が、我が子可愛さに俗物の言うなりとなっていたことを謝罪したい」


 何のことを言っているのかと、首をかしげようとして諦めた。どうにも身動きはとれないようだ。


「……オルド。メリアドールはね、圧力をかけられていたのよ。おかしいと思わなかった? 派閥は違うのに、幼い頃のあなたとレティスはとても仲良しで。覚えているかしら。それをリルハもメリアドールも、特に咎めてはいなかったでしょう?」


 言われてみれば……というよりも、俺とレティスは気がついた時には仲良しだった気がする。メリアドールが俺たちの関係に口煩くなったのはいつからだっただろうか。

 そうだ……両親が死んで、家の取り潰しに関して揉めて……アペンドック家に保護されてから数年たってじゃなかっただろうか。

 エリスさんが言うには、何者かから嫌がらせのような圧力がヴァルキード家に増えたのが、ちょうどその頃らしい。


「エリスから手紙をもらった時には、既にあなたが襲われた後だった。もっと早く私が動いていれば……」


 メリアドールの瞳に浮かぶのは、後悔と自責の色だ。

 やはりというか、メリアドールは母さんへ警告の手紙を出した時から……あるいはそのずっと前から、敵ではなかったということか。


「とにかくね、オルド。そういうわけだから、まずは身体を治すことに専念して。私が必ずあなたを守るから」


 エリスさんが優しく微笑む。

 俺の身体に障るといけないからと、三人は出て行った。

 一人部屋に残されたのは、まさに満身創痍という様相の俺。

 結局、この一連の事件の犯人に関して、エリスさんもメリアドールも何も言わなかった。二人の口ぶりから、大方の予測は立ててありそうではある。

 今のところ俺に教える気がないのか、証拠がないのか。

 いや、そもそもランドルが怪しいと睨んでいたはず。奴は今、何をしているんだろうか。


 俺は思考の波から意識を戻す。深い溜息をつくしか、今の俺にはできない。

 最後に見た、ノエルの涙を思い出す。今ノエルは、どうしているんだろうか。



+++++++



 数日経ち、一週間経ち。日増しに俺の身体は回復していた。

 王城から来てくれたヒーラーが言うには、俺が若いことと、応急手当が適切であったためであるらしい。

 どこの誰だかわからないが、俺を助けてくれたという冒険者には感謝してもしきれないな。


「気分はどうかしら、オルド」


 今日見舞いにやってきたのは、レティスとマリーヌだった。レティスは結構な頻度で見舞いに訪れていたが、マリーヌには本当に久々に会った気がする。


「悪くないよ」


 呻き声しか出なかった喉も、今では短い時間なら普通に会話もできるようになった。話せるっていうのは、本当にありがたいことなんだと骨身にしみる。


「お元気そうでよかったです」


 マリーヌが安堵の吐息を漏らす。

 ありがたいことに、火傷や裂傷の類は消えてきていた。魔術での治療の賜物だ。

 今ではベッドに半身を起こすこともできていた。


「早く元気になりなさいよね」


「わかってるよ。そういえば……」


 レティスに頷き返しながら、俺はこの数日気になっていたことを尋ねる。


「最近ノエルを見ないんだけど、レティスは何か知らないか? エリスさんに聞いても、はぐらかされるだけで」


 元気ならそれでいい。だけど、こんなに長い期間ノエルの姿を見ないのは初めてのことだ。レギンバッシュ邸を任せているスチュワードですら、俺を見舞いに来ているというのに。


「……ちょっと、ね。でも元気よ」


「そうか……それならいいけど」


 返ってきた答えは、やはり納得のいかないものだった。まさかとは思うが、ノエルに何かあったのかと心配になってしまう。


「そんな顔しないの。あの子は大丈夫よ。エリス様もいらっしゃるんだし」


 心配が顔に出ていたらしい。レティスが嗜めるように口にする。


「そうだな、わかったよ」


 そう答えた俺を見るレティスの瞳が……一瞬悲しげに揺れたのは気のせいだろうか。

 鎌首を持ち上げる不穏な想像を打ち消すように、俺は無理矢理笑顔を顔に貼り付けたのだった。

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