表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/69

 希望の丘の子供たちは、今日も逞しく元気だった。

 古いシーツを切り、思い思いの絵を描き、大きく「シスター・エリダ、お誕生日おめでとう」と描いてみたり。

 子供たちとの話し合いの結果、誕生日会の日に、食堂の壁や天井に葉っぱや花で飾り付けをすることになった。飾りのための草花は、前日までにシスター・レインと子供たちで集めることになった。

 当日作るケーキの材料についての相談を終え、俺とノエルが希望の丘を出たのはすっかり暗くなってからだった。

 マジックアイテムで作られた街灯が、石畳をぼんやりと照らし出す。俺たちは人通りもまばらになった大通りを歩いていた。


「シスター・エリダ、喜んでくれるかな」


「きっと喜んでくれるよ」


 こんなに一生懸命で素直な子供たちの真心が、シスター・エリダに伝わらないはずがない。俺は確信を持って頷く。ノエルの顔に、笑顔が浮かぶ。


「よかった!」


 嬉しそうに笑うノエルを見て、俺も自然と笑顔になる。


「あのね、オルド。ノエル、まだまだ子供だけど……」


 ノエルが言葉を続けようとした刹那。闇夜を裂き、染め上げたのは炎の矢。それは物理的なものではなく、魔術で形作られたものだ。

 暗い路地の奥から、真っ直ぐに俺とノエルを狙って飛来する炎の矢に、俺はノエルを庇うように道へと身を投げ出した。

 硬い石畳に身を投げ出されたノエルが、腕の中で小さな悲鳴をあげる。その直後、俺の頭上を熱風が通り過ぎ、背後にあった建物の石壁にぶつかり爆ぜた。爆炎と轟音、そして熱風が肌を焼く。チリチリと焼け付くような痛みだが、それでもまだ無事だと言えるだろう。

 俺はすぐにノエルを立たせつつ立ち上がると、路地の奥を見つめた。目を凝らしても、何者かの姿を見つけることはできない。

 ざわり、と。ねっとりと絡みつくような風が吹く。


「探知魔術……」


 俺自身は風の魔術は使えないために発動できないが、学院で習ったものだった。風魔術の応用魔術だ。魔力を伴った風を吹き付けることによって、主に索敵に使われる。


「……どうする」


 汗が伝う。ノエルを守るように背に隠し、ゆっくりと後ずさる。俺が使える魔術は、火属性と水属性。攻撃魔術はないこともないが、どちらかというと俺は補助しかできない。しかも今は、魔力の発動媒体である杖もマジックアイテムも所持していない。


「オルド……」


 不安げなノエルを安心させようと笑顔を見せかけたとき、視界の端に紫電が走った。


「ノエル……!」


 咄嗟にノエルを突き飛ばす。俺自身が逃げる余裕は、ない。

 雷は、水と風魔術の複合だったけ、なんて。そんなことを考える余裕もなく、次の瞬間俺の身体は紫電に貫かれた。

 息ができない。自分では抑えようもなく、全身が馬鹿みたいに痙攣するのがわかる。脳が、焼き切れてしまいそうだった。

 心臓を握りつぶされたような感覚。俺が最後に見たのは、大粒の涙を零しながら俺に手を伸ばすノエルの姿だった……。



+++++++



 ツンと鼻腔を刺激する薬品の匂いに、俺は重い瞼を開いた。そこは見慣れたアペンドック家の俺の部屋で、ぎこちなくひきつる首を巡らせると、見慣れたベッドカバーが目に入った。


「ァ……」


 声を出そうとして、掠れた音しか出ないことに気がつく。身体中酷く痛い上に、動かそうとすると皮が突っ張るような感じがした。

 ふと右腕に感じた重みに視線だけ動かすと、俺の右腕をしっかり握り、眠る人物が目に入った。

 よく手入れのされた、日に透かした蜂蜜のような金髪。同色の長い睫毛が、僅かに震えている。泣いていたのだろうか、しっかりと閉じられた瞼の下は、赤く腫れていた。


「グ……」


 名前を呼ぼうとして、やはりくぐもった……およそ声とは言えない音が漏れる。代わりに右腕を動かそうと頑張ってみると、目の前の少女が僅かに身じろぎした。


「ん……」


 うっすらと開かれた瞳は、空のように澄んだ青。その瞳が、俺を捉え見開かれる。

 レティス、と。名を呼んでやりたかったが、やはり意味のない音しかなさない。


「オルド……」


 大きな瞳から、宝石のような大粒の涙が零れ落ちる。


「全然目を覚まさないから……死んじゃうかと思った……」


 俺の腕に縋り付き、わんわん泣くレティス。そんな姿を見るのはいつぶりかと思いつつも、俺は身動きできずにいた。


「ん……ごめん……。エリス様を呼んでくるから……」


 ぐすぐすと鼻をすすりつつ、レティスが立ち上がる。

 何故アペンドック家にレティスがいるのか。

 朧げな記憶をたどり、どうやら何者かに襲撃されたらしいことを思い出し、俺はレティスを見た。


「……オルド。大丈夫だからね」


 レティスは、俺の言いたいことがわかったのか、疲れ切った顔で微笑んだ。

 それは、ノエルは無事だということなのだろうか。

 あの時……俺は死んだと思った。俺を貫いた魔術の雷。俺の意識がなくなった後、それからノエルはどうやって身を守ったのか。


「エリス様から説明してもらうといいわ……」


 安心させるように俺の頭を撫で、レティスは部屋を出て行った。

 ノエルは無事なのか。

 何故レティスがここにいるのか。

 そもそも、何故俺が狙われたのか。いや、それは考えなくてもわかるか。

 俺の両親が殺され、ケインさんが殺された理由と同じ。

 でもそれなら何故、俺は生きている?


「ぅ……」


 呻き声が漏れる。色々考えていると、頭が割れそうに痛い。

 自分の状態は、あまりよさそうじゃなかった。レティスは死んじゃうかと思ったと言っていた。

 つまりは、かなり酷い状況なんだろう。

 小さく吐息を漏らす。なんだか喉も焼け付いてしまったように痛かった。

 何日くらい眠っていたのか……希望の丘の子供たちとの約束……きっと守れなかったんだろうな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ