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二輪の花

本日二回目の更新です。

1度目を読んでいない人はそちらからお願いします。

 翌日、俺はいつも通り学院へときていた。

 貴族が多く通う学院は、実は欠席も多い。家の都合というか、結構その辺りはルーズだ。

 期末ごとに提出する論文形式のレポートや、実技の成績がよければあまり出席に関してとやかく言う人間はいない。

 学院を運営する費用がそんな貴族連中から出ているんだから、あまり厳しく言えないというのもあるか。

 登校してまず俺がやったことは、キャロラインを捕まえることだった。逃げられることも予測していたが、意外にもキャロラインも俺を探していたようだった。

 二人で中庭を散策しつつ、どちらともなく話を切り出した。


「おはようございます、オルド様」


 いつもの華やいだ笑顔はないにしろ、キャロラインは丁寧に昨日の礼を述べた。


「いや、こっちもキャロラインには暗い話になってしまってすまない」


「いいえ、いいのです」


 知らなかったとはいえ、自分の兄が人の生死の……しかも、隠された真相を知っていたという事実。それすらも嘘の可能性はあるが、キャロラインからすれば現状でも充分衝撃だろう。


「昨日、あの後……」


 俺の思惑を知ってか知らずか、キャロラインが続ける。


「お兄様と少しお話ししました。恐ろしいことですけれど、リルハ様とカルド様がお亡くなりになり、それを知っていながら見捨てた……いいえ、見て見ぬ振りをしたのは本当なのかと」


 キャロラインは胸の前で両手を握りしめ、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「お兄様は、そうだ、とおっしゃいました。家と私を守るためには仕方がなかったと……。でも、私、思うのです。親友であったはずのお二人の死に目を背けた安寧など、偽りのものでしかないと」


「それを、ランドル様には?」


「言いました……。お兄様は驚いていたようですけれど……。ねえ、オルド様。これを公表することはできませんの……?」


 昨夜はろくに眠らずに考えていたんだろう。よく見れば、キャロラインの目の下には隈ができていた。痛々しく、なんとか俺のためにしてあげたい。正しくそんな雰囲気が伝わってくる。


「……難しいんじゃないかな」


 俺は少し考え、そう答えた。

 キャロラインが言うように、もし仮に俺の両親の暗殺の件を公開するとする。当然、犯人……というより黒幕は誰かという話になる。

 まだ日が浅いとはいえ、五大貴族の一員であるキャロラインからの発言だ。他の貴族も、女王陛下も無碍にはできない訴えだ。

 そして万が一、「メリアドール・ヴァルキードが怪しい」と彼女が言ったら?


「そんなことは、無用な敵を作る行為だ。いまのミリューは、穏健派と過激派の微妙なバランスの上に成り立っているんだろ。それを崩すっていうのは、あんまり喜ばしいことじゃないと思うよ」


「ですが……」


「キャロライン、君は正しいことを言ってる。だけど、それをしてしまったら、もし違った場合に取り返しのつかないことになると思わないか? 名を汚されたとメリアドール様がお怒りになって、アシェット家の様々な権利を剥奪されるかもしれない」


 俺の言葉に、キャロラインが青白い顔で唇を噛む。

 ややあって、キャロラインは渋々という様子で頷いた。


「わかりました……今は、それが正しいということなのですね」


「ごめんね、キャロライン。君の気持ちは嬉しかったよ」


「オルド様……」


 キャロラインが、やっと安堵したように微笑む。


「それと、これは関係ないかもしれないんですが」


 緊張がほぐれたのか、キャロラインが続ける。


「昨日遅く、お兄様が急にお出掛けになって。どこへ行くのか聞いたら、少し野暮用を、と。なんだか、とても急いでおいでだったのを覚えてますわ」


「ランドル様が……そういうことはよくあるの?」


「いいえ、そんな。若い方のように城で寝泊まりということはもうそれほどありませんもの。ただ……」


「ただ?」


 俺が首を傾げていると、キャロラインが記憶の糸を手繰るように目を細めた。


「あれは……そう、ケイン様の葬儀の前後です。あの頃は少し、夜出歩いていたようですわ。特に葬儀の後はお兄様も荒れていらして……いえ、ちょっとお酒の匂いをさせて帰ってきたことがあった程度のものですけど」


「飲み歩いてた……? 貴族の息子が?」


「お兄様に限って、そんなことはないと思いたいのですけど。親友であるケイン様のことや、オルド様のご両親のこと。抱えることが多くて、お辛かったんでしょうか……」


「……そうかもね。昨日もお酒の匂いが?」


 俺の問いに、キャロラインがゆっくりと首を横に振る。


「そうか……わかったよ、ありがとう」


「……早く、犯人が捕まるといいですわ」


 悲しげに微笑むと、キャロラインは俺の元から去っていった。色々と得るものが多かった気がする。

 不審な行動をしていたのは、ケインさんの葬儀の前後。もしも昨夜何者かと会っていたなら、カルラの部下が何か掴んでいるだろうか……。


「……まだ決まったわけじゃないんだ、焦るな」


 俺は深呼吸すると、無理やり笑顔を作った。


「何よ、一人でニヤニヤして気持ち悪いわね……」


 唐突に掛かった声に、俺は驚いて声の主を見つめた。


「げっ……レティス……」


「淑女に対して、とても失礼な態度よ、それ。まぁいいわ。キャロライン様とお話ししていたようだけど、また絡まれていたの?」


 いつもなら飛んでくる暴言が飛んでこない。どうも、この前のお茶会以降こいつは俺に優しい気がする。いや、単純に俺が慣れただけか。


「いや、今日は違うよ。昨日ランドル様がエリスさんのお見舞いに来てくれてさ。そのお礼に少し世間話してた」


 嘘は言っていない。だけど、何でもかんでも話すことは、当然できない。


「……そう、結構なことね。それなら、あの噂は本当なのかしら」


 レティスがぽつりと呟いた言葉に、俺が首を傾げる。レティスは呆れたように大げさに溜息をついた。


「あのね、オルド。噂は社交界で生き残る上で重要よ。もっとパーティや舞踏会へは顔を出しなさい」


「わかったって……それで、噂って?」


「ランドル・アシェットよ。エリス・アペンドックへ、ずーっと横恋慕していて、邪魔者がいなくなったからいよいよ求婚するんじゃないかって」


「え……あー。そういえば、滅茶苦茶愛を囁いてたな」


「そうでしょう? まぁ、エリス様はまだ若くてお美しいし、べつに不思議なことではないんだけど。でも、ケイン様の件が事故じゃないんじゃないかって睨んでいる人間も中にいるわ」


「なんだって……」


 思わず低くなる声。レティスが慌てたように両手を振る。


「あっ……もちろん、私たち……っていうのも癪だけど、一部の過激派のやっかみよ。だって、アペンドックとアシェットが結びつけば、五大貴族での発言権はよりあがるものね……それに、あなたとキャロライン様のこともあるし」


「あぁ、舞踏会でのはやっぱり、他の貴族への圧力なのか」


「そうね。五大貴族に名を連ねるアシェット家の令嬢が唾をつけているぞっていうアピールね」


 レティスが吐き捨てるように言う。レティスの性格上、そういうやり方が好きじゃないんだろうとは想像がつく。


「まぁでも、あくまでも噂よ。私も少しきいただけだしね」


「なるほど。参考になったよ」


 レティスの顔色が曇る。俺は何事かとレティスの顔を覗き込んだ。


「ねえ、オルド。あなた……何か悩みでもあるの?」


「え?」


 予想していなかった問いに、俺は狼狽する。どう取り繕おうかと考えていると、レティスが微笑んだ。


「いいのよ、言えないこともあるでしょ。わかってる。私ね、あなたのこと嫌いじゃないから……その……」


「なんだよ、急に」


「いいから聞いて! だからね、派閥とか、私そういうの好きじゃなくて。お母様はとても怒るけど、また昔みたいに……あなたと……」


 必死に言葉を続けるレティス。彼女の考えていることは、まさに俺が考えていたことと同じで。

 昔みたいに対等に、普通に話せるようなそんな関係に戻れればいいと、ずっと思っていた。


「レティス、ありがとう」


「だから……ふぇ?!」


 抱き締めたレティスからは、ほんのりと香油の香りがした。変な声をあげてジタバタ暴れていたレティスは、ややあってゆっくりと俺の胸を押し返した。


「オルド、誰にでもこういうことしたら駄目なのよ」


「あ、ああ、ごめん」


 貴族として礼を欠いた行動だ。俺は慌てて謝る。


「でも、許してあげるわ。私は優しいから。じゃあね、オルド」


 レティスは笑顔を見せると、手を振り駆けていった。

 レティスの移り香が、ふわりと名残惜しそうに俺の鼻腔をくすぐった。

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