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ペイル・サンデュ

 キャロラインに嘘をつき、ランドル・アシェットを呼び出した。

 人の良さそうな笑顔を浮かべて、恥ずかしい言葉を並び立てるランドル。

 俺はなるべく哀れに、そして無知を装って口を開く。ランドルを本気で信頼しているよう映るように。


「でも、不安ですね。俺はもう、両親もいませんし、ノエルはまだ小さいし。エリスさんが無事でよかったですが」


 ランドルは大袈裟に頷き、心配そうに目を細め俺を見つめる。


「君の不安もわかる気がするよ。何か困ったことがあれば、私に言いなさい」


「そう言っていただけると、俺も心強いです。でも……」


 勿体ぶって言い淀む俺を、ランドルが見つめてくる。


「何か懸念していることがあるのかな」


 優しく、子供に諭すような口調。


「……ノエル、ナルと一緒にお庭の花を摘んできてくれないかしら」


 エリスさんの言葉に、ナルがノエルを促して退出していく。

 それを見届けた俺は、なるべく暗い声になるように気をつけて口を開く。


「ケインさんの部屋で、犯人に繋がる手記と手紙を見つけたんです」


「ほう……?」


 ランドルの目が細められる。ある程度は予期していたのだろうか。動揺はみられない。


「お兄様……? ケイン様が……どういうことなのです?」


 状況を飲み込めないキャロラインだけが、おろおろと兄を見つめる。


「俺の両親も、ケインさんも。誰かに暗殺されたんだよ、キャロライン」


「え……そんな……。えっと……」


 助けを求めるように見上げたランドルが否定しないのを見て、キャロラインの表情が悲しみの色を帯びる。


「では、私からケインへ宛てた手紙も読んだのだろう?」


「読ました。あなたは犯人に心当たりがあるんでしょう? 何故、騎士団へ届けないのですか?」


 あくまで、犯人を知っていて行動していない理由を問うだけに留める。ランドルを疑っていることは匂わせない。


「そうだね、それについては謝ろう。すまない」


 あっさりと頭を下げるランドルを、俺とカルラはじっと見つめる。エリスさんはただ、悲しそうに。キャロラインは、状況についていけずハラハラしている。


「だが、私にもアシェット家……そして兄としてキャロラインを守るという使命がある。君は、派閥間の諍いがどの程度根深いものか……理解しているかな」


「ええ、わりと身をもって」


 レティスのことを思い出す。昔は気軽に話せたのに、今はそうもいかない。これはもう、体制そのものをかえないとどうしようもないことだ。


「それなら想像してみてくれ。私が真相に辿り着いた時……誰が圧力をかけてくるのかを」


「お兄様! ヴァルキード家から圧力を?!」


 キャロラインの問いに、ランドルは曖昧な笑顔を浮かべるにとどめる。

 正直、ここまでランドルの言い分に妙なところはない、と思う。そう、何も知らなければ。

 もう一通の手紙。レティスの母親からの手紙を読んでいなければ。

 だけど、俺はあえて知らないふりをする。


「そうですよね。圧力……どんな圧力を?」


「色々だ。キャロラインの身を脅かす旨の手紙も何通も届いている。私がいい返事をしないことに業を煮やした連中は、協力する気になるようにしてやるとも言ってきたな……」


「協力?」


 俺の言葉に、饒舌に語っていたランドルの表情が一瞬だけ消える。すぐに取り繕ったように笑顔を浮かべると、口を開いた。


「リルハとの共同研究の内容の公開だ。安価な技術の開発と、民間への提供。この場合、民間に提供する気は連中はないようだが。もちろん断りをいれているよ。リルハはもういない以上、その権利の半分は君のものだ」


「では、過激派の連中は共同研究欲しさに両親やケインさんを?」


「ケインに関してはわからないが、少なくとも君の両親に関してはそう考えている」


「ランドル」


 俺たちの話を聞いていたエリスさんが、意を決したように口を開く。ランドルが不思議そうにエリスさんを見る。


「取り繕わなくても結構です。知っていることを……いいえ、ケインが殺され、私が狙われたのも同じ理由でしょう?」


「何故、そう思うんです」


 ランドルの表情は変わらない。エリスさんは悲しげに微笑みを浮かべる。


「オルドを保護し、レギンバッシュの後ろ盾になっているのが私とケインだからです」


「……そんな、こと」


 初めて動揺を露わにしたランドルに、隣に座るカルラが目を細める。


「いいえ、それ以外考えられないのよ。ランドルは違うというの? それこそ、どうしてかしら」


「……そうだね。そうかもしれない。すまない、少し予測していたものではなくて驚いたよ。キャロライン……そろそろお暇しよう」


 逃げるようにキャロラインに話を振るランドルの表情は、読めない。

 キャロラインは動揺しつつも頷いた。


「あの、お兄様……」


「キャロライン、お前は何も心配しなくていい」


 キャロラインはそう言われ、押し黙る。だが、その顔には思いつめたような表情が張り付いている。


「ランドル。気を悪くしたならごめんなさい」


「いや、違うんだエリス。だが……君への私からの愛だけは疑わないでほしい」


 疲れたように笑うランドルに、エリスさんは困ったような笑みを返す。


「そうね……ごめんなさい、ランドル。ぜひまたいらして」


「あぁ、今日は招いていただき感謝しているよ」


 エリスさんは手元のベルを鳴らし、召使いのニナを呼び出す。


「お帰りになるそうなので、お見送りを」


「かしこまりました」


 ニナが深々と頭を下げ、ランドルとキャロラインを伴い出て行く。それを見送り終えると、俺たちは深い溜息をついた。


「どう思います?」


 正直、ランドルが怪しいというのはより濃厚になった。ヴァルキード家からの手紙の件がなくても、ランドルの言い分だとエリスさんに関しては、ランドルの感知していないところで起こった可能性もあるが、俺の中では疑惑はさらに大きくなった。


「……なんとも言えんな。ランドルの言い分は、特に不審な点はない」


「俺もそう思う。でも一つ気になることがあるかな」


「ヴァルキード……」


 エリスさんが呟く。俺は頷くと、カルラを見た。


「レティス経由でヴァルキードの人間……できれば母親がいいけど、彼女と会ってみたい」


「……それがいいかもしれないわね。メリアドールへの手紙は、私が書くわ」


 エリスさんは意外にも、メリアドール・ヴァルキードと会うことへは賛成なようだった。


「だけど俺、あの人に嫌われてるからなあ……」


 会ってくれるのか不安ではある。


「あら、オルド。彼女はあなたを嫌っているわけではないのよ」


「え?」


 驚いたのは俺だ。いや、どう見ても嫌われてませんか?


「……彼女もね、レティスを守るのに必死なの。わかってあげて」


 派閥間の闇は、俺が思っているよりもずっと濃いらしい。

 でもそれなら……俺とレティスが昔みたいに気軽に話せる日も、いつかはくるのかもしれないな。


「じゃあ、メリアドール様への手紙はエリスさんにお願いします。俺は……」


「オルド。キャロライン嬢と、明日少し話をしてみたらどうだ」


「そうね……彼女は何も知らないのに、衝撃的なことだったでしょうし。そうするといいわ」


「え、そうかな……」


 正直気は進まない。でもまぁ、何かランドルに関して聞けるかもしれないしな……。

 俺はとりあえず頷いておくことにする。


「方針は決まったな」


 隣で菓子を食べているカルラに頷き返しつつ、俺は考える。

 もしランドルのせいで一連の事件が起きているのだとしたら。近いうち、何かしらの行動を起こされる可能性もある。

 それに、エリスさんは何も言わないけど、ランドルのエリスさんへの執着とも言える愛の囁き。

 俺の考えが間違ってないなら、きっとエリスさんは殺されない。ランドルがエリスさんを殺すことはないんだろう。

 ランドルは言っていた。共同研究の権利の半分は、今は俺だと。

 それなら、次に狙われるとすれば……俺なんじゃないのか?

 ふと、ランドルが持ってきた花が目につく。色とりどりの花花の中で、白い花弁の愛らしい花が揺れている。

 ペイル・サンデュ。綺麗なのに、どこか不安を覚える俺だった。

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