欺瞞のお茶会
久しぶりの更新です。すみません。
今回少し長いのと、ちょっとシリアスです。
キャロラインと数度の手紙のやり取りをし、俺はついにランドルがアペンドック家へ訪問する旨の返事を勝ち取った。
アペンドック邸にあつらえられた自室で、俺は手紙を握りしめ思わず小さな声を上げる。
そこで、慌てて深呼吸をすると手紙を持って立ち上がった。
まだ、ランドルが黒幕であると決まったわけではない。
もしも黒幕だった場合、周到に隠すだけの頭の良さと、今までエリスさんに対して善人の仮面を被り続けられた周到さ……いや、狡猾さがあるということだ。
カルラの言葉を思い出す。
「冷静になれ……」
再度の深呼吸で、いくらか頭がスッキリした。
唐突に叩かれた自室の扉。俺は驚いたが、ゆっくりと口を開く。
「どうぞ」
「入るぞ」
カルラの声に、俺は安堵する。
今の状態……悪巧みをしなくてはならない時に、ノエルの相手をする余裕は今はなかった。
「手紙がきたのだろう」
無遠慮に部屋に入るなり、カルラが尋ねてくる。俺は大袈裟に頷いて見せると、手にしていた手紙を差し出した。
ここ数日というもの、カルラもキャロラインの手紙の返事についてやきもきしていたことだろう。
ナル……アペンドック邸に昔から仕える召使いにでも聞いたのか。
乱暴にキャロラインからの手紙を受け取ると、カルラは黙って目を通す。
「ふん……歯が浮くとはこのことだな」
手紙を読み終えたカルラの感想だ。
「もう慣れたよ」
大きな溜息と共に、俺は肩をすくめる。
キャロラインの手紙の中身は、最早隠す気もないような愛の囁きだ。
「……まぁ、いいだろう。それでは、具体的にどう持っていくつもりだ?」
「それなんだけど。もしもランドルが黒幕の場合、そう簡単に俺のカマかけに乗ってはこないと思うんだ」
うまく行き過ぎているというのはある。
だが何より、もし彼が黒幕の場合そう簡単にエリスさんの前へ訪れるだろうか?
余程自信があるのか……ドラゴンより立派な心臓を持っているか、本物の馬鹿でない限り絶対に表情に出るだろう。
「ふむ。確かにな」
俺の考えに、カルラが頷く。
カルラは魔術師というよりも、どちらかといえば武官だ。
頭が悪いということではなく、性格的に策略や謀略に相手を欺くことをあまりいいと思ってはいないんだろう。
俺にしたって、一介の見習い魔術師にしかすぎない。
ランドルが切れ者であるのは、周知の事実。
こちらが疑っていないことを悟られずに話を進めるのは、かなり難しいだろう。
「……これは多分賭けなんだけど」
俺の言葉に、カルラが顔を上げる。
「俺が両親の死についての真相を知っていることを、匂わせようと思うんだ」
「それは……だが……」
カルラが難しい顔で唸る。
「……そして、ランドルに尋ねるんだ。あなたがケインさんに送った手紙を読んだ、真犯人は誰なのか、と」
これは賭けだ。だが、キャロラインにもこの事実を知らせるということは、大きな意味を持つ。
それはつまり。
「キャロラインをも利用するか……」
「そうだよ。これで、俺やエリスさんに何かあれば……さすがの彼女だって怪しむだろ。ただ、な」
それは、一つの懸念。カルラもそれに思い至ったのか、目を細める。
「……ランドルが彼女を捨て駒と見ていた場合、少々まずいことになる、か」
「俺としては、それはないと思いたいんだけどな」
キャロラインの花のような笑顔を思い出す。
彼女は本当に兄を尊敬し、自身が家督を継ぐことを憂いていた。
「もう一つ、気になることがある」
「なんだ?」
カルラが不思議そうに俺を見つめる。
「目的だよ」
俺の言葉の意図するところに、カルラがあっと声を上げた。
ランドルは、俺の両親ともエリスさんやケインさんとも親友のはずだ。
それが建前だとしても、彼らはみんな同じ派閥に属するいわば仲間だ。
暗殺なんていう回りくどいことをする目的が今一見えてこない。
「……奴の交友関係、調べ直してみたほうがよさそうか」
「アシェット家の現状も、かな」
俺の言葉を聞き、カルラが驚いたように眼を見張る。
微笑むと、乱暴に俺の肩を叩いた。
「豪胆な男だな! 私が剣に操をたてていなければ、惚れているところだ!」
「なんだよそれ」
「まぁいいじゃないか。では、我が騎士団のもので諜報に優れたものを選抜し、当たらせるとしよう」
カルラは微笑むと、俺に頷きかける。
俺もゆっくりと頷き返す。
「頼んだ。俺も準備にかかるよ」
「あぁ、わかった。では」
カルラは髪をなびかせ、颯爽と部屋から出て行った。
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長いような短いような一週間が過ぎた。
日常生活を送りながら、着々と準備を重ねるのは中々に骨が折れる仕事だった。
「で、どうだった?」
俺が尋ねたのは、カルラへだ。
厨房でケーキを焼きながらの内緒話だ。
「特に怪しいところはないな。他の派閥と接触している様子もない」
俺が焼いて切り分けてあるケーキを摘み食いしつつ、カルラが答える。
「……そうか。一応、調査は継続してもらおうか」
「うむ。それと別件だが、エリス様を襲ったと思われる賊が死体で見つかった」
「……へえ」
タイミングがよすぎるような気がする。
果物にナイフを入れつつ、俺は先を促した。
「酷い有様だったよ、身分を証明するものはないし、顔はズタズタ。ただ、十中八九魔術師で間違いはないな」
「何故そいつが実行犯だとわかったんだ?」
「エリス様が、特殊な魔術をおかけになっていてね。昨夜確認されたところ、間違いないということだった」
「そうか……おい、食いすぎだ」
魔術を封じられる前に、エリスさんが放った魔術は二つだったらしい。
一つは自身を防御する魔術。もう一つが、相手に痕跡を残すための魔術。
「さすがオルドだな、これもうまい」
「ほどほどにしておけよ」
味見というには多すぎる量を食べるカルラに一瞥をくれ、俺は溜息をついた。
「失礼いたします」
静かな声音で厨房へやってきたのは、ナルだった。
「……お客様がお着きになりましたが、ご案内してよろしいですか?」
「あぁ、俺が行くよ。ナルはこれを運ぶ準備を」
「かしこまりました、オルド様」
深々と頭を下げ、ナルが厨房へ入ってくる。
俺はエプロンを脱ぎ捨てると、カルラに目配せした。
「……エリス様をお呼びしてこよう」
カルラとは廊下で別れ、俺は玄関ホールへと急いだ。あまり待たせるのも礼儀に反するだろうから。
ホールでは、丁度召使いと話しているキャロラインとランドルの姿が目に入った。
二人の後ろには、彼らが連れてきたであろう召使いの姿が見える。
召使いの一人は、陶器の鉢に植えられたそれは美しい色とりどりの花を持っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
二人に声をかけると、キャロラインが嬉しそうに微笑んだ。
「あぁ、オルド様……」
「やあ、オルド。キャロラインの就任の折以来だから、久しぶりだね」
「ランドル様もキャロライン様も、本日ははるばるお越しくださりありがとうございます。本来であれば、エリスさんがお迎えに上がるところですが……」
「あぁ、構わないよ。それと、あの花はエリスへ。色々と心を痛めていないといいんだが」
ランドルが浮かべるのは、人のいい笑顔だ。
「ありがとうございます。きっと、エリスさんも喜びます。……では、エリスさんも待っていますので」
アペンドック家に古くから仕える召使いのもう一人、ニナに目配せすると、彼女はランドルの連れてきた召使い達を別室へ案内していく。
ランドルは、特に不審な様子も見せない。俺はランドルとキャロラインを案内するために歩き出した。
カルラの若草騎士団の騎士達が、油断なく廊下で警備している様を、キャロラインが不思議そうに眺めている。
「……気になりますか?」
俺の言葉に、キャロラインは不躾な視線を咎められたと思ったのだろうか。
慌てたように首を横に振る。
「い、いいえ……以前お邪魔した時には、いらっしゃらなかったと記憶していたので」
「ちょっと理由があってね」
キャロラインに笑顔を向けると、彼女は安堵したかのように吐息を零す。
俺が怒っていないと判断したからか。
隣を歩くランドルは、特に表情の変化はみせない。
「世間知らずの妹で、申し訳ない。私からも謝罪しよう」
「いえ、気にしないでください」
俺たちは廊下を抜け、応接の前までやってきた。
扉をノックすると、中からエリスさんの返事が返ってくる。
「ランドル様とキャロライン様がお着きです」
扉を開くと、エリスさんがカルラに支えられながら立ち上がったところだった。
隣の長椅子には、ノエルも座っている。
俺たちの姿が見えると慌てたように立ち上がる。
「ようこそ、ランドル。それにキャロライン様も。こんな姿でごめんなさいね」
柔和な笑みを浮かべ紡がれる言葉に、エリスさんの側まで進み出たランドルも笑顔だ。
キャロラインは少し緊張した様子で、ランドルの後ろで小さくなっている。
「エリス、元気そうでよかった。面会も断っていたから心配していたよ」
「まあ……ありがとう。もう大分いいのです」
エリスさんが笑顔で答える。ランドルは満足そうに頷いている。
「さあ、二人とも座って。堅苦しいのはやめましょう」
エリスさんが座るように促すと、ランドルとキャロラインは指し示された長椅子へと座った。
エリスさんとノエル、俺とカルラもそれぞれ座る。
程なく召使い……ナルが紅茶と菓子類を、ニナがランドルから送られた花を持って現れた。
「こちらは、遠くヴィラエストーリアから取り寄せました、最高級茶葉の紅茶です」
ナルが淀みなく説明する。
菓子類は、俺の手作りだ。焼き菓子や揚げ菓子、あとは軽食になるようなパン類。
フルーツも切り分けてあるから、ちょっとしたピクニックのような様相だ。
パンの間に挟めるような具も用意した。
「……エリス様、こちらはランドル様からの贈り物でございます」
「あら、美しいわね。ありがとう。この鉢は……」
「交易商と懇意でね。君の美しさには劣るが、少しでも君の慰めになればと思ってね」
涼やかな顔で言うランドルに、俺はムッとしそうになる。
胸の内にモヤモヤとわだかまる感情がよくわからない。
「エリス、いつだって私を頼っていいんだよ」
ランドルの異様に熱い視線を受け、エリスさんは苦笑いを浮かべる。
「ええ、考えておくわ」
演技かもしれないが、ランドルはエリスさんに惚れているのだろうか……?
だとすると、俺は……。
いや、そうじゃない。俺は俺のなすことをしなくてはならない。
隣に座るカルラにそっと目配せすると、俺は意を決して口を開いた。




