本気と建前
今回、区切りの関係で少し短いです。
希望の丘へ俺が通うようになって数週間が経った。
子供達を相手にした授業は、順調といっていいだろう。
教えるごとにケインさんがどれほど質のいい教育をしてきたのかという事実に直面する。
それでも、俺は俺の精一杯をぶつけていた。
昼間はやっと復帰した学院へ通い、週に3日は学院の後希望の丘へ。残りの3日と休日は、カルラとの訓練。
その他にアペンドック家の家事もそれなりにやっていた。
といっても、今は召使いの人数も増えているからそれほどやることがあるわけでもないんだけど。
「どう攻めるか決めたのか?」
カルラの剣と魔術の鍛錬は、かなり厳しい。さすが鬼教官だ。
それでもこうして休憩を設けてくれるだけ、まだ優しさはあると信じたい。多分な。
「やっぱり、お茶会作戦しかないと思うんだ」
「ふむ……下手に策を弄するよりは、それがいいかもしれんな」
カルラが難しい顔をして頷く。理由は適当にでっちあげればいい。
今まで逃げてきた非礼を詫び、ぜひランドルも交えてケーキでも……と手紙に添えればいいのだ。
「じゃあ、その方向で手紙を出してみるよ。まさかレギンバッシュ家唯一の生き残りで、かつての親友の息子である、俺の頼みを無下にはしないだろう……」
「……普通ならば、好機と捉えるだろうな」
カルラが静かに呟く。
俺はカルラの表情を読み取ろうと、その瞳を覗き込んだ。
「そう怖い顔をするな。お前もわかっているからこその台詞だろう?」
確かめるように口にするカルラの表情は、穏やかなものだ。
「仮定の話だろ。ランドルが、俺とキャロラインをくっつけたがっているとすれば……」
「そうだ。お前自身、理解しているんだろう? お前の……いや、お前が保有する資産と研究に対する価値を」
カルラが言う通りだ。だから俺は特定の適齢期の女性と親しくなることを避けてきた。
レティスのように、お互いの親がライバルとはいえ幼馴染みという場合は別にして。
キャロラインをなるべく避けていたのも、無用の火種をばら撒かないため。
「でも、そうも言っていられないんだよな」
「利用できるものは利用する……お前は好かないかもしれんが、たまには小狡く生きることも必要だ。お前が飛び込もうとしている場所は、そういう場所である可能性が高い」
ランドルは間違いなく切れ者だ。ノエルと赴いた舞踏会での出来事が思い出される。
あの夜、俺とノエルに声をかけるように促したのがランドルだったら?
「だが、疑惑に絡め取られ身動きが取れなくなるのも困ろう。まずは、注意深く相手を観察することだ。それとは悟られず、静かに、平静に」
カルラは目を細め、愛剣を鞘から抜いた。
「剣術も魔術も、そこは変わらん。戦いとは、平静さを欠いた者から潰えていくもの」
「……そう、だよな」
頭の芯が、スッと冷えていく。
ここのところずっと考え過ぎていて、俺はきっと酷い顔をしていたんだろう。
何も、一人で全てやる必要はないんだ。俺には支えてくれる人たちがいる。
「ありがとう、カルラ。頭が冷えたよ」
「む、う、うん。そうか」
カルラは気恥ずかしそうに咳払いすると、明後日の方を向いてしまう。
「なんだよ、こんな事で照れたのか」
「ばっ……馬鹿者が! この私がそんなはずはないだろう!」
白い頬を真っ赤に染めて否定されても、いつもの鬼教官ぶりは見る影もない。
俺は思わず笑う。
「いい度胸だな! 今日はとことんまで付き合ってもらおうか!」
ご立腹のカルラに、俺はこの後地獄のようなしごきを受けてヘトヘトになった。
冷静さを欠いた者から潰えていくだって?
俺よりも冷静じゃなかったカルラに、ボロ雑巾のようになるまで打ち合いをさせられた俺って一体……。
そこは、実力の差だと思っておこうか、うん。
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決まってしまえば、なるべく急いでキャロラインとやりとりをしたかった。
本来は手紙でするべきなんだが、俺は翌日すぐに行動に移した。
「キャロライン、ちょっといいか?」
学院の廊下でキャロラインを呼び止めると、彼女は花のような笑顔で小首を傾げた。
「まぁ、オルド様! お久しぶりですわね。どうかしましたの?」
「いや、なかなかゆっくり話す時間がなくて悪かったと思って……。それで、ノエルも寂しがっているし、エリスさんも大分具合が良くなったから、キャロラインと、いつもお世話になってるランドルさんを招待したくて」
既にエリスさんに許可は取ってある。カルラがその場にいる理由も、これなら不自然ではない。
俺の言葉を聞いたキャロラインの頬が、みるみる薔薇色に染まる。
「あぁ……! そんな、直接誘ってくださるなんて……恥ずかしいですわ……」
キャロラインの熱い視線に笑顔で応えると、キャロラインはますます顔を赤らめた。
「お兄様のこと、必ず引っ張っていきますわ」
「そうか、ありがとう。エリスさんも喜ぶよ。二人は親友だっていうから」
「楽しみです……」
幸せそうに微笑むキャロラインに、少し罪悪感を覚える。それでも俺はやらなくては。
「日時に関しては、正式な招待状を送るよ」
「わかりましたわ、オルド様」
笑顔のキャロラインと別れ、俺は溜息をつく。
もう、後戻りはできない。