希望の丘
久しぶりの更新になりました。
お待たせしてすみません。
ランドル・アシェットとの「お茶会」をどうセッティングするか。それが、俺の目下の悩みだった。
キャロラインに頼むのはもちろんなのだが、その上手い言い訳を思いつけずにいた。何より、ノエルの友人であるキャロラインとは違い、俺個人はランドルとそこまで親しいわけではない。
ここにきて、社交界にあまり顔を出してこなかったツケが回ってきた感じだ。
もう一つ俺を悩ませているのが、「希望の丘」の子供達の件だ。
この国で一人でも生きていけるように。ケインさんが孤児たちに与えてきた教育の水準は、かなり高い。
それは俺の父さんや母さんがやってきたことでもあって、こっちも手が抜けない。
「オルド?」
ノエルの声に、俺は顔を上げる。両手で持つ銀のトレイの上には、湯気のたつ紅茶のカップが載っていた。
「ありがとう」
ノエルの淹れてくれた紅茶の味は、確実に上達している。それに関しては喜ばしいことだ。
「オルド、怖い顔してる」
「あぁ、ごめんな。ちょっと考え事してて」
「お仕事のことでしょ? ノエルもね、お手伝いしたい」
「お手伝いか……」
俺はノエルを見つめた。その表情は真剣そのものだ。
「えっとね、アペンドック家のじきとうしゅとして……希望の丘の、えっと……」
「視察?」
「そう!」
ノエルが満面の笑みで頷く。これには少し、考え込んでしまった。
確かに、同年代のノエルがいれば子供達の心を開きやすいかもしれない。だが、彼らは孤児だ。
ノエルを羨む感情が、悪い方に向かないだろうか。
「大丈夫だよ、オルド。ノエルね、パパやママみたいな立派な人になりたいの。オルドががんばってるなら、ノエルもそのお手伝いしたい」
結果的に俺は、ノエルの熱意に負けた。
「わかったよ。じゃあ、ノエルは将来の魔術師たちの先輩として、みんなのわからないことは教えてあげるんだぞ」
「はーい!」
元気よく返事をするノエルの頭を撫でると、ノエルはくすぐったそうに微笑んだ。
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翌日、さっそく俺たちは孤児院へと出向くことにした。
ミリューの郊外にある孤児院は、言われなければ少し小さな学生寮のような立派な建物だった。
「今日はよろしくお願いします」
普段孤児院を管理している施設長は、教会から派遣されたシスター・エリダだった。もう結構な年らしいのだが、しゃくしゃくとした人だ。
背筋を伸ばし、優しい笑みを浮かべ俺とノエルを出迎えてくれた。
「こちらこそ、オルド様がお父様やお母様の後を引き継いでくださって、私どもも嬉しく存じます。きっとこれも、女神キルギスのご加護でしょうね」
「責務を全うできるよう、がんばります」
「まぁ、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。それと、ノエル様。当施設のいたずらっ子たちに驚かれるかもしれませんが、遠慮は無用ですからね」
「あ……よろしくお願いします!」
ノエルがぺこりとお辞儀をする。シスター・エリダは微笑むと、孤児院の中へと案内してくれた。
「ノエル様の視察も兼ねていらっしゃるということなので、簡単に施設内のご説明をさせていただきますわね。こちらへどうぞ」
入ってすぐは玄関ホールになっていた。
古びた大きな時計が静かに時を刻む。二階に続く階段と、右に大きい扉と左の壁には小さい扉が二つあった。
「こちらが食堂と、奥が厨房になっておりますの。応接はありませんので、お客様もこちらでお迎えしていますわ」
右手の大きい扉の先は、シスター・エリダの言う通り食堂になっていた。目の前には長いテーブルと椅子が置かれ、その向こうには庭を見渡せる窓がある。
左奥には、恐らく厨房へと続くと思われる入口が見えた。
「お勉強もこちらでやっていましたのよ」
シスター・エリダの視線の先に、使い古された黒板が見えた。部屋の隅に置かれた黒板には、子供達が書いたのか、ケインさんへの別れの言葉が書かれていた。
「さあ、こちらへ」
シスター・エリダに促され、次の部屋へと案内される。
左手にある扉のうち、玄関扉に近い方の扉だ。
「こっちは掃除用具入れ、階段横は浴室ですわ。ご覧になりますか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「では、二階へ参りましょうか。子供達も待っています」
シスター・エリダの後について階段を登る。
二階は幾つかの小部屋があるようで、リネン室や男女別の寝室、シスター・エリダの執務室と談話室、そして他のシスターの部屋……となっているらしい。
シスター・エリダは、そのうち談話室の扉をゆっくりとノックした。
中から、若い女性の返事がすぐに返ってくる。
「シスター・レイン、オルド様とノエル様のご到着です」
「はい、ただいま」
扉が開き、若いシスターが笑顔で出迎えてくれた。
「お初にお目にかかります、シスター・レインですわ! さあ、どうぞこちらへ!」
「ありがとうございます」
俺とノエルは談話室に足を踏み入れた。
途端に、目の前にいる子供達の視線に晒される。七人の子供達は、痩せてはいたが健康状態に問題もなさそうだった。
「はじめまして、俺はオルド・レギンバッシュ。今日から君たちの勉強をみることになったんだ。よろしくね」
なるべく優しく言ったつもりだった。子供達の反応はといえば、俺よりもノエルのことが気になっている、という感じだ。
「……ノエル・アペンドックです。父、ケイン・アペンドックが……えっと、懇意にしていた……みなさんにお会いしたく、訪れました。よろしく、お願いします……」
一生懸命考えたセリフを、必死に思い出しながら口にする。精一杯背伸びをしているが、ノエルはまだ八歳だ。緊張のあまり震えながら、不安げに孤児院の子供達を見回している。
「さあ、みなさん。お二人はみなさんのために来てくださいました。ご挨拶は?」
シスター・エリダが優しく声をかけると、子供達はめいめいに顔を見合わせ頷き合った。
「よろしくお願いします」
一番年長の少年が、礼儀正しく頭を垂れる。確か、名前はジェミルといっただろうか。
「ケインさんのように上手に教えられないかもしれないけど、これから一緒に勉強していこう」
俺の言葉に、子供達は安堵したように笑顔を出した。
どんなやつが来るのか、きっと不安だったに違いない。
これから、俺が教えることで彼らの人生に少なからず影響が出るんだろう。関わる以上は、最後まで付き合っていきたい。
まずは、子供達と信頼関係を築くべきだよな?




