疑念の芽
今回短いです。すみません。
資料類を抱えてアペンドック邸に戻る頃には、すっかり日が暮れていた。
夕食を作る時間はなさそうだ、と考えながら。俺は目的の部屋の前にやってきていた。
大きく深呼吸をすると、扉を叩く。中からはいつも通りのエリスさんの返事。
一瞬躊躇しそうになる。何も知らなかったことにして、当たり障りのない人生を送るのも道の一つじゃあないのか?
そんな思いが胸によぎる。だけど、とその考えを打ち消すと、俺は扉を開いた。
「あら、オルド。ナルからレギンバッシュ邸に行っているときいていたけれど」
ナルというのは召使いの名だ。
俺は頷き返しながら、エリスさんが座っているソファの側に近づいた。
「どうかした?」
心配そうに尋ねられる。俺の顔は今、どんな表情をしているんだろう。
「エリスさん、ケインさんの書斎でこんなものを見つけたんです」
資料の間から、報告書と三通の手紙を出す。エリスさんはそれを見て、驚いたように俺の顔を見つめた。
テーブルに投げ出された報告書と手紙を手に取ろうとせず、エリスさんは静かな吐息を零した。
「迂闊だったわね……ケインがそれを書斎に置きっぱなしにしているとは思わなかったわ」
悲しげに微笑むエリスさんに、俺は首を横に振った。
「勝手に見てすみませんでした」
「いいのよ。いつかは……話さなくてはと思っていたから」
そう言ってエリスさんは資料を拾い上げた。
「その様子では、もう中身は読んだのね?」
確認するような問いかけに、俺は頷いた。
「聞きたいことがあって来たのよね?」
「そうです」
いくつか聞きたいことがあった。 母さんや父さんの事故……いや、謀殺について。
ケインさんが何故死ななくてはならなかったのか。
ランドルが書いていた、首謀者に関して。
俺が疑問をそのまま口にすると、エリスさんは難しい顔で俯いた。
その視線は、ランドルの手紙に注がれている。
「ランドルが首謀者に心当たりがあるというのは、今初めて知ったわ。それ以外のことになら、答えられる」
「謀殺だというのは、間違いないんですか?」
「そうよ……今まで嘘をついていて、ごめんなさい」
エリスさんが深々と頭を下げる。
「いえ。俺を守るためですよね?」
「そう……首謀者がわからない上に、あなたの身まで危険に晒すわけにいかなくて」
「わかってますよ」
俺の言葉に、エリスさんが安堵したように顔を上げた。
「もう察しはついているのかもしれないけれど、ケインが殺された理由は事件の真相を追っていたからよ。私が襲われた理由もね……」
苦々しく顔を歪め、エリスさんが言葉を落とす。
「ケインさんはなんであの日、一人で出かけたんですか?」
「人と会うと言っていたわ。誰かは教えてくれなかったけれど……」
再び、エリスさんの視線がランドルからの手紙に落とされる。
まさか、という思いが頭に浮かぶ。
「ランドル・アシェットに会っていたと?」
「わからないわ。葬儀の日にも、彼はそんなことは一言も言っていなかったけれど……」
「この手紙の情報は渡されなかったということですか?」
「……どう、かしらね」
エリスさんが首を横に振る。
確かに、色々と妙だ。首謀者についての見当がついているなら、何故エリスさんにそれを伝えていないのだろうか。
仮にケインさんに会えていなかったとして。次に伝えるべきはエリスさんのはず。
会えていたのなら、なおさら伝えていないのはおかしい。
「あの、ランドル・アシェットに会ってみようと思うんですけど」
「オルド……それは少し……」
言いかけるエリスさんを制止し、俺は続ける。
「こうなったら、利用できるものは利用しますよ。キャロラインに協力してもらいます」
「でも……」
「大丈夫ですよ、少しお茶を飲むだけです」
こうなったらヤケだ。ランドルが何も知らないならそれでいいし、何か知っているならキャロラインが怪しむようなセッティングをすればいい。
「……くれぐれも、無理はしないで。カルラを護衛に連れて行って」
「わかりました」
なんとかして尻尾をつかんでやる。
決意も新たに、俺はエリスさんの部屋を辞去した。