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糸口

今回、繋ぎの関係で短いです。

 報告書をめくる音が、静かな室内に響いていた。

 何度読み進めても、そう厚くない紙の束に書かれた内容が変わることはなかった。

 リルハ・レギンバッシュ。そして、夫であるカルド・レギンバッシュの死が、事故を装った謀殺であるということ。

 犯人に関しては秘匿されるべきであり、直接報告する、という内容だった。


「この報告書をまとめたのは誰なんだ……?」


 疑問を口にしたところで、報告書をまとめた人物についての記述はなかった。

 俺は脇によけていた三通の手紙を拾い上げると、ゆっくりと差出人の名を見つめた。

 どの名前も見覚えのあるものだ。

 ランドル・アシェット、リルハ・レギンバッシュ、最後の一通は意外なことにメリアドール・ヴァルキード。レティスの母親からだ。


「なんでだ……?」


 メリアドール・ヴァルキードからの手紙を開いてみる。中身は神経質そうな文字でびっしりと書かれていた。

 内容は俺を驚かせるものだった。いや、俺でなくてもこれは驚くはずだ。


「注意喚起、なのか?」


 手紙はケインさん宛ではなかった。リルハ・レギンバッシュ……つまり、俺の母親宛だ。

 それが何故、ケインさんの書斎から出てきたのかは置いておくとして。

 メリアドール・ヴァルキードから、リルハ・レギンバッシュの研究を何者かが疎ましく思い邪魔をする危険がある、との密告だった。

 確かに、俺の両親の研究は一部の利権を独占したい貴族から見れば疎ましいものだと思う。

 もっと技術や研究内容が開かれるべきだ……というのは、そんなやつらからすれば邪魔以外のなんでもないだろう。

 でも、それを言うなら過激派であるメリアドールも同じなのではないか?


「……いや、まだ色々と判断するのはやめよう」


 俺はメリアドール・ヴァルキードからの手紙を置くと、リルハ・レギンバッシュの手紙を開いた。

 そういえば、母さんの字は論文で見たことはあるけど、こういう形で見るのは初めてだった。

 流れるような綺麗な文字だった。

 母さんの手紙の内容は、メリアドール・ヴァルキードからの手紙についての相談と、妨害ないし排除に動こうとする人物に心当たりがあるという内容だった。

 残念ながら、期待した名前については何も書かれていない。

 俺は気持ちを落ち着かせようと、母さんの手紙を机に置いて窓の外を見た。


「ぼっちゃま」


 自室の扉がノックされたのは、そんな時だ。

 俺は慌てて報告書と手紙を引き出しに突っ込むと、孤児院の資料を机に広げた。


「あいてるよ」


「失礼します」


 銀色のワゴンを押して、スチュワードが入ってきた。


「邪魔をしてしまいましたかな」


 机に広げられた資料を一瞥して、スチュワードが微笑む。彼もすっかり、髪に白いものが増えてしまった。


「大丈夫だよ。少し休憩しようと思っていたところだし」


「左様ですか。ぼっちゃまがカルド様がたのお志を継がれると聞き、わたくしめも嬉しく思います」


「孤児院の件、誰かに聞いた?」


「エリス様からお手紙を頂いておりますから」


 俺は頷くと、スチュワードが淹れてくれた紅茶に口をつけた。


「おいしいよ。ありがとう」


 礼をして出て行こうとするスチュワードの背に、俺は声をかける。


「あ、そうだ。少し聞きたいことがあるんだけど」


「なんでございましょうか」


 俺の言葉に、スチュワードが立ち止まる。振り返った表情は、穏やかなものだ。


「俺の両親が事故死っていうの、本当は嘘って聞いたんだけど」


 穏やかだったスチュワードの瞳が、一瞬悲しそうに揺れた。それだけで、全て本当のことなのだとわかってしまう。


「どなたからお聞きになったのかは存じあげませんが、ご両親は確かに事故死と聞き及んでおりますよ。ぼっちゃまも、余計なことはお考えにならず……」


 取り繕うように言うスチュワードを安心させるように、俺はできるだけ自然に微笑む。


「うん、そうだよね。ごめん」


「いえ……では」


 今度こそ本当に部屋を出て行ったスチュワードを見送ると、俺は溜息をついていた。

 色々なピースが、はまっていく。謀殺された両親、その危険を察知していたケインさんの死。そして、今回のエリスさんの件。

 エリスさんも、恐らく知っているんだろう。


「ランドル・アシェットからの手紙……」


 引き出しから手紙を出し、中身を読む。内容は「リルハ・レギンバッシュを殺した人物に心当たりがある」というものだった。


「……そうなのか」


 ランドルに聞けば、事件の真相に近づけるのだろうか。

 俺は悩んでいた。ランドルに直接聞くべきか、まずはエリスさんと話をするべきか。


「いや、まずはエリスさんとしっかり話をしよう……」


 手紙には日付がなかった。もしかすると、エリスさんも知らない内容かもしれない。ケインさんが見せていなければ。

 俺は資料や報告書類をまとめると、部屋を出た。


「アペンドック邸に戻るよ」


「お気をつけて」


 見送るスチュワードに手を振り、俺はアペンドック邸に向けて歩き出した。

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