ティーパーティー
最近俺は片腕が使いにくいエリスさんの代わりに、手紙の整理をすることが増えた。大抵はエリスさんへの晩餐会やら舞踏会への招待状なのだが、今はもちろん欠席だ。
そんな中、珍しく俺宛の手紙が紛れていた。
屋敷はあると言っても、今の俺の生活の基盤はアペンドック家だ。本来であればダメなんだろうけど、こっちに手紙類は回してもらっていた。
「サロンへの招待、ねえ」
これからのことを考えれば、サロンでの集まりや晩餐会に顔は出しておくべきだった。そういう場での縁が、後々重要になることも多い。特に、同じ派閥の集まりは尚更だ。
「正直、気は進まないな」
差出人は、キャロラインだ。新しい党首としての挨拶もかねているらしい。これは断りにくい。
「行ったほうがいいわね」
エリスさんに念の為相談した結果、あっさりとそう言われてしまった。わかってはいたけど。
「仕方ないですね……」
「適齢期の子息や子女も多いから仕方ないわ。あなたもだけど」
「やっぱり、キャロラインが家督を継いだことで影響はありますか」
「正直言うとそうね。あなたは私が後見だから直接何か言われることも少ないでしょうけど、まわりの貴族連中は、いつあなたとキャロライン嬢が……って戦々恐々でしょうね」
キャロラインの大胆極まりない行動のおかげで、大変なことになっているようだ。
「あなたは男の子だからまだいいわ。それでも、あなたの家の資産を欲しがる貴族は多いわ。多分、これからもっと方々からのアプローチは増えるでしょうね」
エリスさんはサラッと恐ろしいことを言った。やめてほしい。
結婚は好きな相手と……などという夢みたいなことを言うつもりはないけどな。それでも、今すぐどうこうするつもりはない。
俺の目的は、家の再建だ。
「一応気をつけます」
こうなった以上は仕方ない。なるべく平穏に終わることを祈るのみだった。
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嫌だ嫌だと思っていても、その日はあっさりときてしまった。
馬車に揺られ、キャロラインが待つ屋敷へ。
時間的には問題なく屋敷の前についた。玄関ホールで出迎えた召使いに、応接間へと案内される。部屋には既に、何人かの同年代の男女がいた。
その中に僅かだが顔見知りもいた。
「レティス、それにマリーヌも」
「久しぶりね」
「お久しぶりです」
レティスはあれから、元気を取り戻したようだ。なによりだ。
気のせいか、俺への態度も軟化している気がする。いや、期待はよそう。うん。
「来ないかと思ってたわ」
「そういうわけにもいかないだろ」
俺の言葉に、レティスは肩をすくめた。
「エリス様のお加減はどうですか?」
「大分いいよ」
マリーヌに答えると、レティスも安堵したかのような表情になった。
他愛のない会話で時間を潰していると、応接間の扉が開いた。
「お待たせいたしました、準備ができました」
キャロラインが召使いを連れてやってきた。俺と目が合うと、にこりと笑う。
「さあ、ご案内いたします」
キャロラインが俺に微笑みかける。作法で、階級が一番高い人間を主人(今回はキャロライン)が案内する。そうなると、当然こうなるわけで。
溜息をつきそうになるのを抑えつつ、キャロラインと腕を組む。
キャロラインが案内したのは、広いホールだった。無駄に派手な絨毯が敷き詰められている。
いくつかの長椅子が用意されていて、壁際には皿やカップが用意されていた。長椅子の側には対応するように小さな丸テーブルが置かれている。
「さ、オルド様」
キャロラインが俺を案内し、二人で長椅子に座ることになった。何回か席替えはあるだろう。多分。あってくれ。
男女一組で長椅子に座ると、キャロラインが立ち上がった。
「本日はよくいらっしゃいました」
そんな月並みなセリフから、俺にとって苦痛でしかないティーパーティーが始まった。
召使い達が紅茶と菓子を運んでくる。どうやら、ここの菓子職人に俺の教えた菓子を作らせたようだった。驚きの声が方々から上がる。
「オルド様に教えていただきましたの」
疑問に答えるようにキャロラインが微笑む。
俺にもわかる。何人かの女の子の顔が、羨ましそうに歪む。
「まぁ、大したことはしてないよ」
「オルドは昔からこういうの好きですものね」
レティスだ。
「レティス様はオルド様と仲がよろしいんですね?」
「べ、別にそういうわけじゃ」
レティスが狼狽したように呟き、紅茶を飲む。なんなんだ一体。頼むから、普通に紅茶と菓子を楽しんでくれ。
たまに飛び出すレティスとキャロラインの謎の会話以外は、概ね順調に進んでいた。
何回かの席替えを経て、レティスと隣同士になった。
「お前、機嫌悪いだろ」
小声でレティスに言うと、レティスは驚いたように俺を見つめて扇で口元を覆った。
「なんでわかったのよ」
不思議そうに聞かれる。
「いや、随分とキャロラインにつっかかるなと思ってな」
「あぁ……うん」
レティスは言葉を濁しながら頷いた。
「まぁ、親同士が政敵なわけだし複雑なのかもしれないけどな。あんまり敵を作りすぎるなよ。損だぞ」
「うん、わかってるけど……それとはちょっと違うっていうか」
いまいち歯切れが悪い。レティスらしくない。
「なんだよ」
「ううん、なんでもない。気をつける」
珍しく大人しく引き下がるレティスに、俺は笑いかける。
「うんうん、そうやって普通にしてればいいんだよ」
「なによ、ニヤニヤして気持ち悪いわね」
そう言いつつ、レティスも僅かに微笑んだ。
なんだか、本当に久しぶりに罵られていない。
「懐かしいな、昔は俺たち、仲良しだったよな」
「あ、あの頃は……子供だったから……」
「まあ、俺は今でも……」
言葉を続けようとした時、茶会の終わりを告げるキャロラインの声が響いた。
「意外と早かったな」
「え、ええ……」
レティスが困ったような表情で俺を見つめる。
「あの、オルド……」
「ん?」
「オルド様」
俺たちの会話に割り込んできたのは、やはりというかキャロラインだった。
「あ、ああ。どうした?」
「これ、作ってみたんです。よければ、ノエル様に」
「あぁ、ありがとう」
差し出された籠を受け取った。
「オルド、あたし帰るわね。キャロライン様、今日はお招きいただいてありがとうございます。それではまた」
レティスはそれだけ言うと去っていってしまう。おいていかないで欲しかった。
「本当に仲がよろしいのね」
「幼馴染みだからなあ」
「羨ましいです」
キャロラインは微笑んでいるが、なんだかその笑顔がとても怖い気がするのは気のせいか?
「じゃあ、俺も帰るよ。またそのうち」
「ええ、また」
キャロラインに見送られ、彼女の屋敷を去る。
馬車に乗って、やっと肩の荷が下りた気がする。
それでも、レティスと昔のように話せたことだけはキャロラインに感謝かもしれない。
「しかし……益々謎の噂話が加速しそうだ……」
頭の痛いことだ。
誰もいない馬車の中、俺の重い溜息だけが虚しく響いていた。




