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ビターチョコレートケーキ

 南方の島々では、カカオ豆がとれる。加工に関しては詳しくないが、それを使ってヴィラエストーリアでは甘いお菓子が製造されている。

 チョコレート。俺も一度、ケインさんから貰って食べたんだが。あれはやばい。魅惑の食べ物だ。


「何を作るの?」


 ノエルが物珍しそうに覗き込む。視線の先には、湯せんで溶かしたチョコレートだ。


「ケーキに塗るんだよ」


「これを?」


 ドロドロした黒い液体にしか見えないからか、ノエルの反応は芳しくない。

 まぁ、それもいいさ。何事も経験だ。

 ほろ苦いチョコレートの中には、隠し味で細かくしたオレンジピールが入っている。


「味見していいよ」


 スプーンでひとすくいすると、ノエルに差し出す。ノエルは恐る恐る口に運び、そして驚愕の表情で俺を見つめた。


「苦いのに甘い……それに、いいにおい!」


「チョコレートだよ、珍しいだろ」


「知ってる! でも、珍しいから中々手に入らないって言ってたのにどうして?」


「レティスの誕生日が近いだろ」


 微妙な立場同士だし、今年は贈り物は控えようかとも思った。だけど、レティスはあんな性格だが俺の料理やお菓子を昔から楽しみにしてくれてたしな。

 こっそり渡すくらいなら、バチは当たらないと思うんだ。


「きっと喜ぶよ!」


 ノエルはニコニコしているが、それはどうだろうか。

 もしもエリスさんを襲ったのが、レティスの身内だったら?

 俺はその時、どうすればいいんだろうか。正直、わからない。


「よし、できた」


 考え事をしながらも、手は動く。

 綺麗にデコレーションされたチョコレートケーキの出来に、我ながら満足だ。

 後は、どうやって渡すかだけど。まぁ、直接出向くしかないか。今ならまだ、学院にいるころか。


「ちょっと出掛けてくるよ」


 カルラの部下に声をかけ、ケーキをカゴに詰める。正直言って、この運び方だけはどうにかならないかと思うよ。

 屋敷を出て、通りを進む。程なく学院の門が見えてくる。レティスは馬車での迎えか?

 俺は教室を目指して歩く。数人の生徒とすれ違う。どうやら、講義はもう終わったようだ。


 念の為、教室の中を覗いてキャロラインがいないことを確かめる。

 椅子に座っていたレティスの姿を認めると、俺は教室に入った。


「レティス」


 俺が声をかけると、レティスが顔を上げた。


「オルド……」


 レティスの表情は暗い。まだ怒っているのだろうかと不安になる。だが、ここで怯むわけにはいかない。


「これ、毎年のことでもういらないかもしれないけど。誕生日おめでとう」


 ケーキの入ったカゴを掲げると、レティスの顔が歪んだ。泣きそうな顔だ。


「お人よしも大概にしなさいよ……」


 いつもの憎まれ口。だが、その声は震えている。

 何かあったのかと、俺はレティスの顔を覗き込む。


「オルドだって、みんなと同じように思っているんでしょう?」


 何のことだろうか。俺は思考が追いつかない。


「レティス?」


「しらばっくれないでよ!」


 レティスが勢いよく立ち上がる。大きな音を立てて、椅子が床に転がる。

 俺は手近な机にカゴを置くと、レティスをなだめようと手を伸ばした。


「やめて!」


 悲痛な声。俺の手は払いのけられる。


「なんのことだよ、ちゃんと言ってくれないとわからない」


 俺の言葉に、レティスは可哀想なほど蒼白な顔で俺を見る。

 震える唇が紡いだ言葉に、俺は狼狽した。


「エリス様が、何者かに襲われたって。みんな言ってるわ! お母様が襲わせたって……あなただって……」


 そこまで言って、レティスは俯く。

 なんということだろう。確かに、その線が一番濃厚なのは間違いない。だからって。


「陰口を叩かれたのか?」


「え……?」


「お前を悪し様に言う奴が、学院にいるのか?」


 レティスの顔が、驚きの色を孕む。

 俺は溜息をこぼすと、レティスの頭に手を置いた。今度は振り払われなかった。


「それに関してだけど、俺はヴァルキードの家が怪しいとも思うし、違う家が怪しいとも思うよ。だけど、お前がやったわけじゃないだろ」


「そ、そうだけど」


「じゃあ、お前のことを悪く言う奴はおかしい。それに、まだお前の母親が命じたって決まったわけじゃないし」


 俺の言葉に、レティスの瞳から涙が零れた。俺が学院に来ていない間、一体どんな言葉にさらされていたのか。

 そういえば取り巻きもいないようだし。


「ばか……」


 レティスはそれだけ言うと、乱暴に涙を拭った。次に顔を上げた時、その表情は少し明るくなっていた。


「まあ、そうよね。堂々としていることにするわ」


「それがいい」


 俺が頷くと、レティスは優雅に微笑んで見せた。

 おお、そういう顔をしてれば可愛いんだって。


「今日はお礼を言っておくわ。ありがとう」


 レティスはヒラヒラと手を振ると、ケーキのカゴを持って去っていった。うん、いっそ潔い。

 だけど、少し安心した。レティスとは長い付き合いだ。政敵の子供同士だが、出来れば元気でいて欲しいものだ。

 これでも、昔は俺にもやさしくしてくれてたんだ。

 お互い成長して、レティスはレティスを取り巻くものと戦っているにすぎない……と、俺は思ってる。


「しかし、誰がそんな噂話を?」


 一応、カルラには相談したほうがいいか。

 しかし、次々と問題が出てくるもんだ。



+++++++



 数日後、レティスから手紙が届いた。

 中身はケーキのお礼と、特別に俺を許してやるという上から目線のもの。

 美味しかったから、また作るようにとの命令。


 ま、元気ならそれでいい。


 カルラに相談した結果、それとなく調べてみるとのことだった。


「オルド」


 物思いにふけっていると、エリスさんに声をかけられた。


「あぁ、すみません。どうしました?」


「いいえ、少し疲れているようだから」


 まぁ、それなりには……。

 カルラのしごきが辛すぎるしね。


「いえ、大丈夫ですよ。エリスさんは寝ていなくて大丈夫ですか?」


「もう痛みはほとんどないわ。さすが、ミリューのヒーラーは腕がいいわ」


 のんびりと答えるが、それでもまだ包帯はとれていない。事実は違うのだろう。


「無理しないでくださいよ。ノエルが心配します」


「そうよね、ごめんね」


「でも、気分転換するなら付き合いますよ。テラスでお茶にしますか」


 俺の提案に、エリスさんは微笑んだ。消え入りそうな笑顔。

 また、俺の胸が痛む。


「じゃあ、先にテラスへどうぞ」


 側にいた兵士に目で合図すると、エリスさんを支えるようにして歩いて行った。

 無力な自分が歯がゆい。せめて、エリスさんの心だけでも癒してあげたい。


 決意を新たに、俺は厨房へ歩き出した。

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