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突然の訃報

1話目は少し暗いですが、2話から少しずつ明るくなるはずです。多分。

 俺は物心ついた時から両親は既にいなかった。少しは寂しい思いもした。でも、両親の親友だという夫婦が、俺を引き取って後見人として育ててくれたから俺は幸せだ。

 両親は事故死だと聞いていたから、俺はそれ以上深く知ろうともしなかった。何より、他人の子供なのに大切に育ててくれる2人にとても感謝していたから。


 だから、まだ8歳の愛娘を抱きしめ真っ赤な目をしたママさん……エリスさんの言葉を聞いたとき、俺に断るという選択肢はなかったんだ。


「オルド、大事な話があるの」


 泣き腫らした瞳で、エリスさんが俺を呼んだ。

 エリスさんは、ここ魔術都市ミリューで五本の指に入る魔術師の名家、アペンドック家の当主だ。普段はのほほんとしたマイペース美人だが、今日は酷く傷ついた顔をしていた。

 俺は嫌な予感がした。不安を感じながらも、エリスさんの事を見つめる。夕立が窓を叩き、不穏な空気が流れる。


「あの人が……事故で亡くなったって」


 あの人、というのはエリスさんの夫でケインさんという。この人も魔術師で、エリスさんの研究を手伝う傍ら、忙しいエリスさんに代わりアペンドック家の家事育児をこなすスーパーマンだった。

 俺はあまりの衝撃に、全身に冷水を浴びせられたかのような気分になった。


「ど、どうして……」


 平静を装おうとして、震える声を抑え込む。エリスさんは悲しげに首を横に振ると、殊更強く娘……ノエルを抱きしめた。ノエルもさすがに父親が死んだ、という事実を受け止めきれないのか泣きじゃくっている。


「これから、遺体を引き取りに行ってくるわ……悪いんだけど……」


 お世話になっているエリスさんのためなら、と俺は頷く。

 アペンドック家は立派な家だけど、召使いの類は庭師が1人と昼間だけ来るメイド、それにノエルの家庭教師の3人だ。


「ノエルなら、俺が面倒見ておきますよ」


 エリスさんを安心させようと、極力穏やかな口調で言う。これでも、ケインさんから家事の類は仕込まれている。ノエル1人の夕食位は俺にもなんとかなった。


「それじゃあ、よろしくね。ノエル、パパをお迎えに行ってくるから、オルドの言うことよく聞いてね」


 屋敷を出て行くエリスさんを、玄関ホールから見送る。ノエルはぎゅっと俺の服の裾を掴み、俺を見上げた。


「オルド……」


 不安そうにノエルが呟く。俺はノエルが生まれた時から彼女のことをよく知っていた。本来は明るく快活な少女だ。でも今は、涙でぐしゃぐしゃの顔をしている。

 グリーンの大きな瞳が、今は可哀想なほど濡れている。俺だってケインさんの訃報にショックをうけていた。だけど、今はそれよりノエルだ。


「ノエル、一緒に夕飯を作ろうか」


 夕飯には少し早い。それでも、このままノエルを置いて厨房に篭るのも心配だ。


「ノエル、お腹すいてない」


 案の定、涙声で拒否の言葉が返ってくる。だが、俺だって負けるわけにはいかない。亡くなったケインさんの為にも、ちゃんとノエルに夕飯を食べさせなくては。


「ノエル、いつもパパと約束してただろ? パパとママがいないときは、ノエルはどうするんだっけ?」


 8歳の少女には、少し……いや、かなり酷な質問をする。


「オルドの、言うこと……きく……。うぅ……パパぁ……」


 涙を拭いながら、ノエルが抱きついてくる。

 ごめんな、ノエル……。

 きっと、気遣う言葉や優しい言葉を掛けるべきなんだろう。でも今は、できるだけいつも通りの生活をして、自分の殻に閉じこもらない方がいい気がする。


「ノエル、おいで。まずは顔を洗おうか」


「うん……」


 ノエルが頷いたから、俺はノエルの顔を洗うためのお湯を用意する。浴室に、立派な水瓶が用意されている。そこから桶に水をすくい、ごく初歩の炎の魔術を詠唱する。

 俺の魔術により、桶の水が程よい温度に温まった。


「オルド、ありがとう」


 ノエルは自分でバシャバシャと顔を洗い、棚からタオルを取り出し顔を拭いた。それでさっぱりしたのか、少し表情も明るくなった。


「ノエルはお礼が言えていい子だな」


 俺がノエルの頭を撫でると、ノエルは俯いた。


「パパがね、ありがとうとごめんなさいはちゃんと言わないと伝わらないんだよって言ってたの」


「そっか。じゃあ、パパの言うこときけるノエルは、すごくいい子だ」


 そんな言葉で、ノエルの心が軽くなるとは思えなかったけど。それでも俺はノエルに笑いかけると、ノエルの手を引いて厨房へ向かった。

 薄暗い厨房に、魔術で明かりを灯す。これくらいの魔術なら、見習いの俺にもできる簡単なものだった。魔術の講義をしてくれるのは主にケインさんだった。


 簡単な料理を作り、ノエルに食べさせた。料理はノエルのいい気晴らしになったようだった。


「ママ、遅いね……」


「きっと、お話が長引いてるんだよ。先に休んでよう」


 今度は拒否せず、ノエルは大人しく頷いた。可哀想だが、これから葬儀やなんかで忙しくなるだろう。ノエルもアペンドック家の次期当主として、当然参列する。休めるうちに休んでおかないと、ノエルにはキツイだろう。


「片付けをしてるから、眠れなかったら呼んで」


 寝室へ向かうノエルの背に、声をかける。ノエルは小さく頷くと、食堂を出て行った。


 俺は、来週からレイダリアの魔術学校へ留学する予定になっていた。エリスさんが戻ってきたら、編入の時期をずらす手続きをお願いするつもりだった。必要なら、暫くノエルの側にいてやりたかった。

 テーブルを拭いていると、玄関ホールの方から物音と話し声が聞こえてきた。エリスさんが帰ってきたようだった。


「お帰りなさい」


 食堂からそっと覗くと、エリスさんが棺桶を撫でながら呟いていた。すぐに葬儀屋に2階へ続く階段を指し、棺桶を運ぶように指示を出していた。


「エリスさん、お帰りなさい」


 俺が声をかけると、エリスさんは疲れきった顔で頷いた。


「ありがとう、オルド。ノエルは……」


「今は寝室にいます。後で様子を見てきます」


「そうね……あぁ、オルド。少し話があるの。後で部屋に来て欲しいわ」


 エリスさんはそれだけ言うと、葬儀屋の後を追って階段を上っていった。



 俺は食堂の片付けを終えると、ノエルの部屋へ向かった。そっとドアを開くと、ノエルがベッドに埋もれるようにして眠っていた。泣きつかれたんだろう。お気に入りのヌイグルミを抱きしめている。

 ノエルが抱きしめているヌイグルミは、今巷で流行っているヌイグルミだ。ノエルもおねだりを相当して、8歳の誕生日にケインさんが買ったものだった。なんでも、ヴィラエストーリアの姫女王が飼っているグレイウルフを模したものだとか。

 確かに、狼に見えなくもない。


「おやすみ、ノエル」


 短く声をかけ、部屋を出る。次に向かったのはエリスさんの部屋だ。


「俺です、オルドです」


 ドアを叩くと、中から返事が返ってきた。俺はドアから入ると、ソファに座っていたエリスさんの側に立った。


「ノエルは眠ってましたよ」


「そう……よかった」


 答えるエリスさんも、相当疲れきった様子だ。


「ねえ、オルド」


 エリスさんが深い溜息を零しながら言葉を落とす。


「留学の件なんだけど」


「はい」


 予想していた内容に、俺は頷く。


「暫く手伝って欲しいことがあるの」


「ええ……はい」


 エリスさんにしては、珍しく歯切れの悪い……というより、遠回りな言い方だった。


「その、つまり?」


 俺が先を促すと、エリスさんが困ったような表情を浮かべる。


「今は言えないのだけど、私の研究を手伝って欲しい。それまで、ノエルの遊び相手になってあげて。魔術の勉強に関しては、至急講師を探すから」


 つまり、事実上の留学の取りやめだった。だけど、俺は当然のように頷く。何も留学しないと魔術の勉強ができないわけじゃない。エリスさんやノエルの役に立てるんなら、俺はそれもいいと思う。


「わかりました。任せてください」


「ありがとう」


 エリスさんは、俺の返事に安堵したような顔を浮かべた。

 エリスさんの研究は詳しくは知らなかったけど、これも勉強になると思えば楽しみでもあった。

だけど、その見通しが甘かったのはすぐにわかるわけだけど。

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