死よ、驕るなかれ
「うそだ……」
無敵の、あの無敵の《黒騎士》シューノがこんなにあっさりと倒れる。ずっと傍でその強さを目の当たりにしていた凛花にとって、それは信じることができない光景だった。
「うそだよ……ありえない」
「貴方」
水緋が凛花の手を握る。その手は小刻みに震えていた。
「逃げるわよ」
「逃げません!」
つながれた手を払いのけ、凛花は叫ぶ。
「シューノは最強の騎士なの! こんなころで、あんなやつにやられはしないの! いっつも私を助けてくれた、守ってくれたんだから!」
「柊野秋人は死んだわ」
水緋は決然と言い放った。
「人間は、体表の30パーセント以上の火傷で死に至る。貴方だってさっきのを見たでしょう? なにがなんだかわからないけど、秋人は体の前面をまるごと焼かれたの、もう死んだのよ」
「死なない、死んでない! 死ぬはずない!」
バチンと水緋は凛花の頬を平手で叩く。叫んだ。
「冷静になりなさい! 弟は死にました! ――何度も言わせないで」
凛花の瞳からは、涙があふれた。あきらめたくないという気持ちと、その気持ちはただの願い。正気を保つためにありもしない希望に縋っているにすぎない、という冷静な判断が心の中でせめぎあっていた。
でも、どうしても信じられない。
それは知っているからだ。
「わたしは、シューノも知っている。お姉さん、あなたは柊野秋人を知っていても、シューノのことは知らない……!」
「何を言っているの、貴方」
「わたしの方が、彼について詳しいってことです」
「……そう」
険しい表情をして、水緋は言った。
「残念だわ。最後の頼みくらいは聞いてあげたかったのだけど……」
水緋は倒れた柊野の体を一瞥し、たっ、とその場を駆け去る。
ローブの男は意外にも、その後ろ姿を攻撃しようとも、追おうともしなかった。
「悲しいなぁ……」
代わりに、ぽつりとつぶやく。
「死んだ後に涙を流してもらえる、この人はきっといい人だったんでしょうね。僕も、そんなふうに生きたいとずっと思ってきて、やってきたつもりです。なのに……どうして僕はこんな悪役になってしまったんですかね」
「それは、あなたが――」
「殺すつもりなんかなかったんですよ。だってそうでしょう? 誰が自分の手の中から火がでると思います? なぜだかわからないけど僕は殺してしまって、恐ろしすぎてよくわからないことになって、気づいたらみんな死んでしまっていたんです……なんて」
ふふっとローブの男は乾いた笑いを浮かべた。
「いまさらいい子ぶったってなんにもなりませんね。もうすべて終わってしまった。こんなに殺して、あとは死刑になるか警察にスパッと射殺されてしまうかだ。だったら最後ぐらいもう、好きにやろう」
ローブの男は凛花をまっすぐに見据えて言った。
「脱げよ」
「あなた……」
「焼き殺すぞ、早くしろ」
海の底のように暗い瞳が、なによりも雄弁にその言葉が本気であることを語っていた。
凛花は震える手で、上着を脱ぐ。
「おい!」
ローブの男は激高し、凛花の足元すれすれに炎弾を激突させる。
「ストリップでもやってる気か!? おせぇよ! もういい、僕が……」
男が駆け寄ってくる気配を見せたので、凛花は慌てて男のもとへと走った。男は満足げに鼻を鳴らし、ブラウスに手をかける。
「そうだ。気が利くじゃないかよ……そうしてればいいんだ。従順にな」
そのまま荒々しくブラウスを引き裂くと、真っ白なスポーツブラに覆われた胸部があらわになった。矢継ぎ早に男はブラをつかみ、まくりあげる。純白のブラの色よりも白く、透明な乳房がまろびでた。
「おお……」
ごくりと男は喉を鳴らした。凛花は悔しそうに歯噛みして、視線を足下に倒れた柊野に向ける。男が意地悪く笑った。
「ああ、いいことを思いついた」
男は力任せに半裸の凛花を押し倒す。そこは倒れた柊野のすぐ隣だった。
「彼氏の死体の隣でヤルっていうのも悪くないだろ?」
「この、屑人間……!」
「へー」
男は面白そうに言った。
「そういうこと言っちゃう。そういうこと言っちゃう子にはもっといじわるしたくなっちゃうよ。ちょっと思いついたんだけど、これはさすがにどうかなって思ってたんだけどね……仕方ない。四つん這いになれよ、彼氏の上でな」
「……」
「早くしろよ」
パン、パン、とのしかかったままの姿勢で凛花の頬を打つ。凛花は泣きながら、態勢を変えた。うつ伏せに倒れる柊野の体の脇に手をつき、腰を上げた。
「いいぞ!」
男は後ろから凛花のスカートに手をかけ、快哉をあげる。
「さいっこうじゃないか!」
「ええ」
泣き顔を一転、不敵な笑いに変えて、凛花は言い放った。
「本当にね。感謝するわよ屑野郎、ベストポジションだわ!」
男に駆け寄ったり、柊野のことをじっと見つめていたり。こうなってほしいと多少は誘導していたものの、ここまでうまくいくとは予想を超えていた。この位置からなら、すぐに出せる。
「さぁ起きなさいよ、シューノ――!」
《白魔道士》である凛花は、同じ魔術師クラスに属するジョブのバトルスキルを全て把握していた。
確信をもって言える。男が使っていたのは、《黒魔道士》レベル10で覚える下級魔法、《ファイア・ブレッド》。修野を追尾して飛んだのは中級の《ファイア・イェーガー》。エフェクトも、発動条件も呪文もすべてがゲーム内と同じ。
そう、男は《wonder land》におけるバトル・スキルを現実において使用していたのだ。
そしてさきほど柊野が見せた《ファイア・ブレッド》連続回避において、凛花はあることにきづいた。速すぎるのだ、柊野の動作が。普段の体育の授業などもみているから分かる。明らかに、能力がブーストされている。あれは、あの速さはシューノのそれだ。
つまり――こう言える。“ここは現実でありながら、ゲームの中だ”
どうしてそうなったのかは知らないけれど、そうであるならば自分に何ができるかということは知っている。
「死よ、驕るなかれ(Death be not proud)」
呪文を唱え、両手を重ねて、柊野の心臓に当てる。
「《リザレクション》!」
スキル発動の手ごたえを感じる。掌からあふれた白き浄化の光が、全てのデバフ・ステータスを解消した。
お読み頂き感謝です♪
ちなみにネトゲはウルティマとRO、14やってました(いらん情報)