日常
――なんて言ったんだったか……
窓際の席。空を眺めながらゲームの思い出に浸る。それが“シューノ”こと、柊野秋人の授業中の過ごし方だった。つまり高校生である柊野は、ゲーム内にいる時間以外をだいたいそんな風にして過ごしていることになる。
教師はそんな修野の授業態度を知っているから、問題を当てたりしない。進学校であるこの学校では、問題生徒をすくいあげることよりも優秀な生徒をさらに伸ばすことに重点が置かれている。柊野に当てて、授業にむだな時間が生じるのは避けたい。
また、両親からもそんな生活態度に対して何を言われることもなかった。赤点は取っていないから進級に問題は生じないし、親の期待は一つ上の優秀な姉に全て注がれている。
そして運動神経が鈍く、自分を表現することが苦手な柊野は特に部活動に参加もしなかったし、ルックスが図抜けていいわけでも、手先が特別器用なわけでも、話がうまいわけでもない。
だから、他人との接点が生まれなかった。授業が終われば、黙ったまままっすぐ家に帰る。誰とも会話せずに一日が終わることは、さして珍しいことではなかった。
つまり、こう言える。
柊野秋人は透明人間だ。
存在していることになっている存在しないもの。だからふける思い出なんて生まれない。だからここでも“シューノ”の夢を見ている。
――決め台詞……。
思い出しあぐねているうちに、いつのまにか授業は終わっていた。
これでは自力で思い出すのは無理そうだ。
――キナコに聞いてみようか。
一応ゲームのキャラクターに紐づけられている専用のコミュニティサイトを使えば、キナコ個人に連絡を取ることは可能だ。可能だが……相手が女性であるということを考えると、個人的なメールを送ることは躊躇われる。
――いや考えすぎだろ……俺。
女性のキャラクターを使っているからと言って、プレイヤー本人が女性であるとは当然限らない。しかもキナコの場合、会話に挟んでくるネタがかなり古いロボット・アニメや特撮だったりすることから、女性でない可能性はかなり高い。本命の予想としては中年のオヤジといったところだろう。
――そう思うとつまらないメールでも送ってみる気になるから、俺も現金だよな。
自嘲しつつ、携帯端末からコミュニティサイトを開く。驚いた。
――新着メール54件……?
ボックスを開いてみると、内容はすべて昨日の出来事についてのものだ。一人レイドとの決着はどうなったのか。あれは何かのイベントだったのか。あれ以来ゲームにログインできなくなっているのはどういうことだ……等々。
――俺にわかるわけないだろ。
ほとんど運営に直接聞いてほしい内容ばかりだったが、どうやら運営は昨夜以来音信不通の状態らしい。《wonder land》にも繋がらないらしいし、掲示板ではそれについての非難が殺到していた。
――倒産?
それはありえそうもない。個々のワールドの運営ならともかく、《wonder land》を取り仕切る母体はインターネットの支配者である世界的大企業だ。あそこが潰れるなら先に世界が終わってしまう。
「……ふぅ」
色々と関連スレッドを漁ってみるも、結局のところはわからない、そんなつまらない結論に至るしかなかった。
柊野はキナコにメールを送って端末を閉じる。
ふと顔を上げると、教室は閑散としていた。次の時間は移動教室だったかと時間割を確認するも、そんな予定にはなっていない。しかしもう授業開始の予鈴が鳴っているというのに、四十人教室に残っているのは自分を含めてたった二人。なにかがあったと考えるべきだろう。
残ったもう一人に声をかけてみるのがてっとりばやい方法だろうが……。
不運なことに、それは女子だった。
三つ編みに大きなメガネ、ひざ下まで隠す長めのスカートという、生徒手帳記載の女子生徒モデルをそのまま3Dにしたような、真面目な風貌。青春を謳歌していないことが一目でわかるどんよりとした雰囲気は好感がもてるものの、さりとて女子は女子だ。
けっして嫌いなわけではないが、女子は苦手だった。自分と思考のスタイルが違いすぎるし、共通の話題もない。
けれどそうも言っていられない状況だ。
たしか名前は、水原凛花だったはずだ。それはわかっているのに。
――声がでない……。
声を掛ける最初の一声が、どうしても。次の1時間くらい欠席してしまおうかと本気で悩んだ。そうすると授業をさぼったことで変に目立ってしまうわけだが、今女子に話しかけるのと心労としてはどちらがマシだろうか。
――彼女が動いてくれれば……。
それに付いていくのがベストな道だった。けれど、横目で様子をうかがってみるものの、立ち上がる気配が一向にない。どうやら彼女もこちらをきょろきょろと見ているようだった。もしかすると教室に残っている理由も同じなら、考えていることも同じなのかもしれない。
広い教室に二人きり。この状況で話しかけないほうが逆に不自然かも。いったんそう思ってしまうと、プレッシャーがだんだんと高まっていき、柊野はついに折れた。
「――あの」
「はい!」
不自然なくらいに大きな声で返事が来た。手を胸の前で組んで祈るような様子で彼女はこちらを見ている。まるで不良に呼び止められたいじめられっ子のように緊張していた。
柊野はぎこちない笑みを作ってつづける。
「移動教室、とか?」
「あ、みんながいないの、ですか。ちがゆんで……ちがうんです! みんな、実習棟に行ってるみたいで、なにか事件がおこってるとか、わたしくわしくないんですが……」
「事件?」
この学校では、珍しいことだった。問題児の傾向があればそもそも入学の時点で弾かれているからだ。だからみんなが集まっているのだろうが……。
「よくはわからないんですが」前置きして女子はつづけた。「三年の先輩がコスプレしてる、とか」
「……そう」
かなりつまらない事件だった。この学校で起きうる事件なんてそんなものだとは思っていても、すこし失望。
「やっぱり」なぜかうれしそうな色をにじませて女子は言った。「バカみたいですよね。そんなものをみるためにわざわざ行くなんて。みんな普段は楽しそうな顔してるのに、ほんとうはこんな事件でも大興奮して駆けていくくらい、退屈してるんだ」
「……」
まぁ確かに、そう言えなくもない。
けれど「バカみたい」というワードにひっかかるものがあった。なにか上から見ているようで気に入らない、というか申し訳ない。
「でもさ」
だから敢えて弁護するように言った。
「そういうのが、大事なのかも。つまんないことでも、面白がって行ってみる。ここにこうしていたって、退屈なのは変わらないし」
む、と女子は唇をとがらせた。
「踊るあほうに見るあほうってやつですか。でもわたし、同じあほなら踊らなきゃ損っていうの、よくわからないです」
――たとえば今から見に行って、と女子は続けた。
「確実に、100パー虚しくなるだけでしょう」
わりと勝ち気な奴だった。柊野は面倒くさいなと思いつつ言う。
「そりゃ一人で行ったら、そうだろうね。でも、誰かと一緒なら違うんじゃないかな」
「……」
しばしの沈黙ののち、女子生徒は顔を赤らめた。
「え、それって」
「……えーと」
正直に言えば、その女子生徒の反応を見て自分の発言がどう受け止められうるか、ということについて思いいたった。
「じ、情報室です……」
破裂しそうな心臓の鼓動が聞こえてきそうな、そんなせっぱつまった様子で女子生徒はいきなり立ちあがたった。どうやらそういう意味で解釈されてしまったらしい。なぜだかこちらも恥ずかしくなる。
――いや、これは俺のせいだ……。
面倒くさがって頭をろくに動かせていなかった。適当に喋るからこうなる。観念した。
「じゃあ、行こうか」
快活な声、わざとらしくない程度の笑顔、よそ行きの仮面が現れて、柊野は言った。
他人といるのが嫌な理由の一つが、自分が自分じゃなくなるからということだ。
柊野にとって仮面は被るものではなく、現れるものだった。
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