明かされた名前
全てはあの時のリプレイだった。両手に大剣を持った剣士は、駆けて来る勢いそのままに飛び込むように前転し、回転の力を加えて二刀を放った。慌ててシューノはエンド・レイドを盾のように使って防御する。刀身を伝わって全身を打つ衝撃。
反動で距離が離れると、男はすぐさま二丁のサブマシンガンを構え銃撃を開始した。シューノの後ろには凛花とシスイの二人がいる。かわすことはできず、やむなく両手に短剣を持ち全て斬り防ぐという曲芸に走った。マガジンが尽きる隙を伺うも、弾倉内の弾を撃ち尽くすごとに敵は銃そのものを変えていることに気づく。止むを得ず、右手に一瞬だけエンド・レイドを出現させ、剣風で今射出されている弾丸を全て吹き飛ばし、その真空の隙を駆ける。改めて撃ちだされた弾丸を目にも留まらぬ両短剣の動きで叩き落とし、肉薄する――
と、突き出されてきたのは長槍だ。短剣では防ぎきれず、慌てて身を低くしてかわす。その隙に相手は後方へと大きくジャンプし、距離をとって銃を構えている――。
やはり、これは……。
「どういうことなの……! シューノが二人……!?」
凛花が驚きの声を上げている。やはりアレは自分なのだ。自分の《ゴースト》。
機銃弾をはじきながらつくづく思う、なんてやりにくい相手なんだ……と。およそ苦手な距離というものが存在せず、一種の武器だけではどうしても生じてしまう隙を武器持ち替えによってカバーする、ありうべからざる状況対応力。常に全データ消去のリスクを負って戦うPKのみにゆるされたそれは、一対一の状況下においてまさに最強の戦術だ。
だがしかし、その戦闘スタイルが取れるのはこちらとて同じこと。
最強対最強のぶつかり合いならば、勝利の天秤はほんの僅かな差によって傾く。
敵が大きく移動したことで、凛花とシスイが射線から外れた。シューノは短剣での切落しを止め、相手の動きをコピーし始める。銃に対しては銃を向ける。一切防御を気にせずに、火線を交わらせると激しい勢いでHPバーが削れた。が、それは敵も同じこと。
我慢比べにいち早く音をあげたのは敵の方だった。銃を放り捨て、上空へ飛ぶ。天井を蹴って向けられた銃口をかわし、両手に武器を現し暗殺者のように上からシューノの首を狙うも――
データの存在が形を成す、その一瞬の空隙。“その時”のシューノはまだ警戒していなかった、ナノセカンドの短すぎる一瞬を、今はもう過たない。
思い切り両足で地面を蹴り、カウンター気味にサマーソルトキックを叩き込む。防御に使える武器はまだ実体化できていなかったため、思い切り顔面を捉えることに成功した。それでもさすがというべきか、蹴られた勢いを利用して回転、二本の足でゴーストは着地した。しかし距離を離す隙も武器を手にする余裕も与えず、素手での格闘戦を仕掛けていく。殴りあってみれば、よく分かる。コイツは未熟だ。このゴーストはあの時の俺だ。ブロッキングがいっさいなっちゃいない。目が泳いでいる。常に逃げ場所を探しているのだ。ギリギリの戦いというものになれていない。自分に信用が置けないから、武器に頼ろうとする。肉を破っても、骨を折っても勝とうという執念が徹底的に欠けている――。
警戒を怠っていた腹部に、反射的に蹴りをねじ込む。何の技でもない、ただ足を前に蹴りだすだけのヤクザキック。みぞおちを強かに打ち、悶絶したその顔に助走をつけてストレートを叩き込む。半ば意識が飛んでしまったのだろう、無防備に上体を開いてのけぞる情けない過去に、シューノはスタミナが続く限りの連撃を放った。決して地に寝かさない。楽にさせない。右打ち、鉤突き、膝蹴り、ヘッドバッド、肘打ち、裏拳、手刀……全身を全力稼働させた息もつかせぬ連打は、人間の限界を遥かに超えたパラメータによってブーストされ、一秒間に100発、バルカン砲の速射に迫る勢いで影を撃つ。
連撃は、ゴーストの体が粉々の白い薄片になって消滅するまで終わらなかった。見るものを凍りつかせるようなオーバーキル。
静かになった講堂に、ぱちぱちと乾いた拍手が響いた。
「なるほど、強くなったね少年」
「……説明を、いや……言い訳をさせてくれないか。あの日のこと……」
「好きにするといいよ。ただ、無駄に終わることだけは決まっているから、それでもいいなら」
「君は……」
「あたしはもうなにも信じない」
満面の笑顔とともに放たれたその一言は、どんな弾丸よりも深くシューノの胸をえぐった。自分の不甲斐なさのせいで、危うい均衡の上にいた彼女の心に最後のひと押しを加えてしまったのだ。
決して戻れない無明の奈落の底へ、突き落としてしまった。
彼女は笑ったまま言う。
「けど、残念だなー。ようやく裏切り者に復讐できると思ったら、滅茶苦茶強くなってるでやんの。正直言うと、さっきの《ゴースト》があたしの全力。もう君に勝つ見込みってまったくないの」
そこそこ強かったでしょ? あたしのゴースト――と彼女は続けた。
「君にはイージーすぎる相手だったかもしれないけどさ。例えるなら君んとこの騎士団、単騎で相手できるくらいには強いんだよ?」
「……なにが言いたいんだ」
「いやね、ホンモノの君がいない今、姿もそっくりで鬼強いあたしのゴーストちゃんがもしカテドラルに行っていたら、誰も偽物だなんて疑わない。そんくらい強いんだって……まぁ、自慢かな……あはっ、あはははははははッ!」
「……!」
その一言で、全てに気づく。
最初から、全ては時間稼ぎが目的だったのだ。本物をダンジョンに拘束している間に、偽物をカテドラルに送り、成り変わらせる。
シューノには、殆ど無尽蔵とも言える武器のストックがあるのだ。もしそのゴーストが圧政に苦しむ難民側についたとしたら、パワーバランスは一気に崩れ、戦争になる。
「……俺の、せいで」
体に力が入らなくって、重力に簡単に負けた。恐らくその最悪の想像は、既に起こってしまっている可能性が高い。
「シューノ、なにしてるの! 早く帰らなきゃ!」
凜花の叱咤に、彼女が同意する。
「そうだよー、はっきり言ってあれを倒せるのは君しかいない。早く行ってあげないと皆殺しだろうね」
「あなたね……!」
凜花は彼女を刺し殺すような眼で睨む。
「あなたとシューノに何があったのかは知らない。知らないけど、あなた最低だわ! 人間のやることじゃない……」
「それは光栄だよ、悪魔としては」
なぁ少年――と彼女は続ける。
「立ちたまえよ。まだそう悲観することはないさ。今度こそは――間に合うかもしれないよ? 勇者として皆を守ってやるといい。その役目は君にしかできないんだから」
「シューノ!」
言われるまま、シューノは立ち上がる。そうだ、言っていることはそのとおりだ。諦めてはいけない、たとえ一縷の希望でも、行かなくてはいけない。
分かっているのに、足が動かないのはなぜだ。
それは、知っているからだ。
「ただ――忘れてるかもしれないから親切にもお姉さんが教えてあげると、入り口の炎な、あれ……まだ解除されてないから。ここを出て行きたいなら大ボスを倒して、トラップを解除しないと」
彼女は朗らかに笑って言った。
「さぁ、やれよ少年。あたしを殺して皆を救え」
これが悪魔のやり方だ。絶望の為に、あらかじめ希望も用意しておく。望みが絶える事こそ絶望なのだから。
「どうした? あんまり時間はないんじゃないかな。君がここに入ってもう何時間になる?」
「シューノ、武器を貸して! わたしが代わりに――」
「お兄ちゃん! お願いだよ、キャンプにはお母さんが、弟もいるんだよ――」
「そうして何もしていないでいるのも選択なんだぜ? 皆を見捨てる、それでいいんだね」
「こんな奴に……なにを迷うことがあるの!?」
「えぐっ……えぐっ……助けてください、みんなを助けてください……聖騎士様」
思考が渦を巻いているが、何も決定できない。酔うだけだ、気持ちの悪い酩酊状態。彼女を殺して皆を救う? 誰よりも助けたかった彼女を殺して、見ず知らずのどうでもいい人間を助けるのか? そんなことはやりたくない。
なら見捨てるのか? いや、見捨てるんじゃない、殺すんだ。全ての元凶は俺なんだから。なんの罪もないおおぜいの人たちを、俺の勝手な都合で殺すのか? そんなことは死んでもごめんだ。
感情ではこの問いに答えはでない。シューノの思考のスイッチは滑らかに切り替わった。
彼女を殺して苦しむのは、俺だけだ。けれど、彼女を殺さなければ大勢の人が苦しむ。
単純な計算だ。単純な、数の問題。善いか悪いかなんて答えの出ないものはどうでもいい。正しい方は明らかに分かっている。
機械になれ。ただ正解を選びとる機械に。
そうすれば楽になれる。
「お願いだよ――助けて!」
コートにすがるシスイの感触。それが引き金になった。
「ふふっ」
彼女が笑っている。彼女の吹き飛んだ上半身、そこに付いた形の良い顔が嘲るように笑っていた。
抜き打ちに、両断されてなお笑っている。
「そんな逃げは許さない。絶望が足りないね」
半身を失ってなお喋る。そんなことは――
ありえないだろ。
ドン、とくぐもった発砲音。反射的に振りきった大剣を背に戻すと、チュン、と甲高い金属音が鳴る。刀身に当たった跳弾が、前方に飛ぶのが見えた。
「おや、すごいな。君は後ろにも目がついてるのかい? それとも、最初からあたしの正体に気づいていたのかい?」
そうだ、遅ればせながら気づく。俺が知ってる彼女は、彼女のアバターなんだ。そのままの姿で現実にいるなんてありえない。少し考えれば分かる……あれは彼女のアバターを象った《プレイヤー・ゴースト》だ。
そして、実在の彼女は――
「シスイ……」
「なんだい――」
俺達は、初めて名前を呼び合う。
「シューノ?」
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