決め台詞
2
「うわっ! ここにこんなに人が来てるの、あたし初めて見たよ」
大陸の西の果てにあるズビルス丘陵は、貴重な資源素材、レアドロップを落とすユニークモンスターが多数存在することで知られる狩場である。本来であればプレイヤーの大群が常駐していてもおかしくないエリアだが、ここに一般プレイヤーの姿が見えることは稀だ。
その大きな理由は、このフィールドがPK可能エリアにされていることにある。PK、つまりプレイヤーキルとは、モンスターや敵対NPCではなく、生身の人間が操るプレイヤーキャラクターを攻撃する行為のことを指す。古くからMMOにおいては広く行われてきた行為であり、それを専門に行うプレイヤーキラーと呼ばれる人種の存在もゲームの別を問わず知られている。その動機としてはアイテムや金銭を奪うことであったり、生身の人間を相手に技を競うことだったり、単純に弱者をいたぶることだったりするが、VRMMOにおいては特にPKに対する恐怖が強く、その行為は毛嫌いされている。
そんなPK行為が運営からのお墨付きで可能であるPKエリアには、当然のことながら、一般プレイヤーはまず足を踏み入れない。レアドロップ、貴重な資源はそんなプレイヤーをおびきよせるための餌であり、まんまとおびきよせられた犠牲者が飢えたPKの餌食になったという話は枚挙にいとまがない。
そんな丘陵であるが、今は一面がプレイヤーでごったがえしている。その大半は戦闘力をもたないクラフタージョブの人間だ。
「今日はいったいどうしたんだろうな……?」
シューノは首をひねる。シューノ自身は換金アイテム目当てによく訪れる場所だったが、こんなにも盛況なのは初めてだ。というか、この場所で自分以外の人間をみるのが初めてだったりする。
「お前、本気で言ってるのか?」
重装備をしたナイト・ヒースがあきれ顔で言った。
「にしし、わざと言ってたらぶっコロもんですよね」パーティ唯一の紅一点が言う。「でもシューノぬけてるとこあるから、きっと素なんだろうな。残念」
残念ってなんだよ、と二人から突っ込みが入る。紅一点、ホワイトメイジのキナコはにししと笑った。
「なぁそろそろ教えてくれよ。アップデートでも入ったのか?」
「なんかくちはばったいんだが」ヒースは言う。「お前のおかげだろうさ。最強PKKのシューノがいるから、彼らも安心してギャザることができわけだな」
ほら、とヒースはパーティ募集掲示板をエアウィンドウに表示した。そこには『ズビエラ採集パーティ募集中! 黒騎士シューノさんがいる今がチャンス! @採掘士2』と募集が出ている。
「……俺?」
募集掲示板にさらっと自分の名前が出ていて驚いた。
「なんだみたことなかったのか?」
「ヒーちゃん、本人には見えないようマスクされてたんだよ」
「あー、なる」
「ちょっと待ってくれ……」
どうやら自分の名前が募集版に出ているのは、今が初めてというわけではないらしい。
というか、見たことないのがおかしいくらい頻繁にでているらしい。
思わず頭を抱えた。
「にしし、有名人様が恥ずかしがっておる。その様子だと0chに専スレあることも知らないし、去年の冬コミでシューノ本が数冊でてることもしらないナリな? ま、一冊はあたしが書いたんだけど」
一瞬それはどんな内容の本なのか聞きたいという衝動に駆られたが、知らぬが仏という言葉を思い出しやめた。
「引退……」
「させねーよ。まだ新レイド攻略途中だろ」
「うんうん。新刊作成中でもあるし」
「それはそっこくやめてください」
言ってて空しい願いだった。本人舌を出してあらぬ方向を見ているし、聞き届けられることはないだろう。
「しかしそんなことより」聞き捨てならなかったが、ヒースは言った。「こんな募集の出し方したら危ないよな。PK連中に挑戦してるようなもんだろ」
「うんうん」キナコはうなずく。「シューノがいるからおまえらなんか怖くないもんねー!べろべろばーってことだもんね、意訳すると」
「……」
ダンジョンの外にいるときくらいはのんびりしたいものだったが、なにやら不穏な空気が漂いはじめた。
噂をすれば……というやつだろうか。ずいぶん前から聞こえていたのに、意識を向けていなかったから気づかなかったのだろうか。
転送石のあたりでどうま声がする。
「おうおうおう! 《黒騎士》のシューノ! でてこいや! タイマンはれやァ!?」
正直ビビる。
どうしてそんなキャラクリをしたのか詳しく聞きたい。その声の主はどこからどうみても古き良きヤンキーだった。西洋ファンタジーをテーマにしたワールドでそんな姿にするのは、とんでもなく骨が折れる作業のはずだが……。
「へっへっへ、早くでてこねーとお前のかわいいクラフター共“ひき肉”に……しちまうゾ?」
「気合ブリバリだぁ!」
しかもやたら数が多い。二十人ぐらいはいるだろうか。手にした釘バットや鉄パイプを振り回し、暴れまわっている。
「オラどーした!? “鮮血の旅団”参上だゾ? バカヤロウ!!」
『!?』とPK達の頭上にマーキングエフェクトを張ったのはキナコだ。
「ばっ、なにして!」とヒース。
「ごめん、もう我慢できなかった。あっははは!」
堰が切れたようにキナコは爆笑した。
「ああ!? んだこのマーク! 頭の上から“剥がれ”ねぇ……!?」
!?
「ダボが! どこの“どいつ”よ、“コレ”つけたのぁ、よぉー!」
!?
「オイオイ……。“盛り上がって”来ちまったようだなァ……こりゃあ~~~~~……」
!?
「てかそこの超笑ってるやつ! テメェの仕業だろーがコラ! “覚悟”できてんだろーなァ……!?」
!?
キナコは襟首を掴まれた。しかしその表情に恐怖の色は見えない。むしろ余裕で。
「お前、あたしの“バック”が誰なのか知ってて喧嘩売ってんのかよ……!?」
「ああ!? 知るかよ!?」
「あたしの“バック”は“黒騎士”の“シューノ”さんだよォ! 明日の朝刊載ったぜ、テメーら……?」
思いっきりシューノを指さし、啖呵を切った。
「おい……」人任せかよ。
「テメェ~~~~~~~~~かぁ~~~~~~~~~!?」
どやどやとPK集団がシューノに集まる。理不尽だと思った。
「おいシューノ」ヒースが耳元で言う。「あいつらふざけた格好してるが、見た目変えてるだけだぞ。実際はかなりのガチ装備だ……手ぇ貸すか?」
ざっと戦術眼スキル《エネミーサーチ》で集団を見て、シューノは。
「いや……俺一人で十分そうだ」
「ああんッ!?」
「あ……」
思わず口に出して言ってしまった。
「フクロだ。“死んだ”ゾ? テメー。行けやァッ!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおッ!」
リーダー格らしき男の号令一下、 全周囲からPKが襲いくる。
しかし。
「ぎゃぁあああああああああああああああッ!」
上空から降り注ぐ弾丸の雨にHPを散らし、雲散霧消していくPK。シューノは上空に高く跳ぶことで攻撃をかわし、重機関銃を連射したのだ。
すたっと着地した時には、すっかりあたりは静かになっていた。
「ふぅ」
「ふぅじゃない!」
キナコが叫んだ。
「そこで一言! 決め台詞!」
「いや、そんなもんないぞ」
「あー! もう! シューノはいつも自己主張が足りないよ! ちょっとそこ変わって、見てなさい!」
強引に場所をとられてしまった。キナコはずずいっと身を乗り出して、一言。
一言……。
お読み頂き感謝です♪