トラストユー
彼女は自分のことを“大魔女”と称しているが、ゲーム的に言うとそのクラスは《召喚士》だ。自身の攻撃力や防御力が抑え目な代わりに、強力な召喚獣やペットモンスターを従えられる職業だが、さすがは大魔女というべきか、彼女の召喚術は召喚士ギルドで転職するときに説明されるような、一般召喚士のそれからは少し逸脱している。
なんと彼女は、プレイヤーをも召喚できるのだった。正確には、そのプレイヤーの忠実なコピー、ゴーストということになるが。
「こいつをちょっとパシらせてくればいいでしょ」
それが街に入らずとも結婚クエストを完了させるための、彼女の策だった。つまり、プレイヤー・ゴーストに婚姻届けを持たせ、教会の神父に渡してもらおうというのだ。
「そんなことができるのか?」
当然の疑問を発すると、彼女は難しい顔をした。
「代理届け自体に問題はないみたいだけど……問題は、あたしの《ゴースト》ちゃんが街に行って、そんで帰ってこれる確率が二割くらいしかないってとこだよねぇ……。ここらへんモンスターちょっち強いから、アクティブにひっかかるとやられちゃうみたいなんだ」
だからいつもおつかいには五体ぐらい行かせてるんだけど――と続けて、彼女は口を閉じた。同じものを買ってきてしまうことはあるにしても、何かを買いに行かせる用事ならつかいにいかせる数を多くすれば確実に手に入る。が、届け物となるとそうはいかない。モンスターにやられて婚姻届を落としてしまったら、それでおしまいなのだ。
「むーどうしたもんかなー。ぐあー」
ソファに仰向けにねころび、自転車でもこぐように足をばたつかせる彼女だった。しかし、シューノにはいまいちなにをそんなに悩んでいるのかがわからない。
「俺、ガードしようか? 街まで連れてけばいいんだろ?」
「む……」
それまでがーごーうるさかった彼女が、急に静かになった。取り調べ中の刑事が犯人に向けるような、疑わしげな眼をこちらに向けている。
「もしかして、まだ『逃げるかも』とか考えてるのか? だとしたらちょっと悲しいぞ」
「……」
じっくりと無言の凝視は続いた。普段の彼女からは想像もできない、感情の欠片すら見当たらない爬虫類の眼だ。久しぶりに、彼女を恐ろしいと感じる。
しかし始まった時と同様に、その無言の凝視は唐突に終わった。
「あははっ、ごめーん」
彼女の表情に色が戻って、思わずほっと胸をなでおろす。初めてあの泉で出会った時と、勝るとも劣らないほどの緊張だった。
「そうだね、いろいろ考えたけどそれしかないかなー。ゴメンだけど、ちょっとおつかい頼まれてくれる?」
「了解、頼まれた。なにかついでにほしいものとかあるか?」
「なにも」
そう言うと彼女は、猫のような俊敏な動作で一気に身を寄せてきた。鼻と鼻とがこすれあいそうになほど、距離が近い。
紫の瞳が、こちらを飲み込むように大きく見開かれていた。
「あたしには君さえいればいいの。お願い、できるだけ早く帰ってきてね」
「あ、ああ……」
「ケーキ作って待ってる! お風呂も入っとく! ……あたし、楽しみにしてるからね!」
「俺もだよ。できるだけ早く帰ってくるから」
ぽん、と彼女の頭の上に手を置くと、まるで自分のにおいを移そうとする猫のように、頭をシューノの胸にこすりつけてきた。
棒立ちしていたプレイヤー・ゴーストが動き出す。玄関ドアのノブに手をかけ、シューノを見やる。
「じゃ、行ってきます」
彼女を自分の体から引き剥がしてそう言うと、まるでそれが今生の別れででもあるかのような、切迫した表情で彼女は言った。
「いって……らっしゃい」
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