ゲームイズオーヴァー
銀を束ねたような白髪を振り乱しながら、凶獣は戦う。
「ひ、一人レイド――!」
叫んだ瞬間、屈強な戦士の首が飛ぶ。飛ぶ、また飛ぶ。
それはまるでハリケーンが進行する様子をみているようだった。進路上にあるものは塵のようにたやすく舞い上がり、バラバラに四散して見えなくなる。
あまりに一方的に、ほしいまま屠られている彼らだがしかし、その一人一人はダンジョンの最終層に挑むプレイヤーである。半年に及ぶ攻略の末、ついにダンジョンの主であるレイド・ボスを倒した直後といえど、いや、直後だからこそ、熾烈なボス戦を生き抜いた強者のみが残っているはずなのだ。
それをこうも容易く蹴散らす。およそ信じがたい光景だった。
MMORPGにおけるレイドとは、多くの場合レイド・パーティのことを意味する。それはの名が示すように、ダンジョンにおけるボス級の敵を倒すために組まれる強襲パーティのことで、その人数はゲームによってまちまちだが、このゲームにおけるそれは24人。24人の精鋭からなるパーティを組んで、平均して三ヶ月間挑戦を続け、やっと倒すことができるのがレイドボスの一般的な強さだ。一度でもその前に立ったことがあるものならば、それを一人で討伐した男がいるなんていう噂を信じるわけがない。
一人でレイドパーティ相当。
ここにいる誰もが、“一人レイド”なんてものはライトプレイヤーが適当に吹き始めた世迷い言だと思っていたはずだ。単なるネット伝説、あるいは事実に全く即していない点からして、神話と呼んでもいいのかもしれないもの。
だがそれは、実在する怪物だった。
ときに、常識はいとも簡単に崩壊する。かつて“黒い白鳥”が発見された時のように。
だがたとえ向こうが怪物であっても、こちらも歴戦の戦士である。突然の襲撃のショックから立ち直り始めたパーティは早くも、ある作戦行動を取り始めていた。ボイスチャットを介さずとも、半年にわたる攻略で意思はひとつに統一されている。気付かれないよう慎重に、少しづつ一人レイドの周囲を重装備のタンクが囲んでいく。
逃げようというのでも、あらがおうというのでもない。どちらも不可能なのは分かっていた。
「3、2――」
合図とともに全員が飛び退る。
広大な地下空間にできたのは、肉の壁でできた円形闘技場だ。
全員が分かっていた。ここを切り抜けるために唯一自分ができること、それは“彼”の邪魔をしないことだと。
怪物を倒せるのは、怪物だけだと。
「シューノさん!」
期待を込めて、誰かがその名を呼ぶ。ただ一人闘技場の中に残った黒騎士が、声援に応えて小さく拳を挙げた。
瞬間、歓声が沸き上がる。
その名を呼ぶ声が一つ、また一つ増えていき、地下空間にどよもした。まだ魔力の残っていたメイジは、PVPにおいてはほとんど効果が無いことを知りながら、バフ・マジックを彼に向けて唱える。四方から光の奔流が起こって、彼の体を輝かせる。
「シューノ! 駄目押しだ」
レイド・リーダーのヒースが投げつけた大剣が、地面に突き刺さる。光輪を纏って輝く黒い刀身に、金の装飾が施された剣。さきほど倒したレイドボスからドロップしたばかりの、まちがいなく現状で手に入る最高装備の一つであろう、大業物だ。
「悪い、少しだけ借りる」
右手で突き刺さった大剣を、左手で腰からレーザー刃つきの短剣を抜き、構える。大小二刀流、シューノの『二天一流』のスキルはこのワールドではありえない技術だ。
一人レイドが一人でレイドボスを倒したことからそう呼ばれるようになったように、シューノもその背に伝説を背負っている。
シューノは“遍歴の騎士”という怪物だぅた。
装備、スキルをワールド間で持ち越すことができる、というのは『Wonnder land』世界軸にある系列MMOワールドにおける通常の仕様である。だが、一つのワールドにおいてさえ先端プレイヤーに到達することは困難であり、ワールド移動してもその有効性を保つようなハイ・スキル、装備を集めて回るなんてことははっきりと所要時間的に不可能だ。シューノの真似をしようとしても、使えないスキル・装備を種類だけは多く持っている、といった中途半端なことになるというオチにしかならない。
しかし、この仕様を有効に活用する抜け道がたった一つだけある。
「お前……」
爛々(らんらん)と血色に輝く瞳をシューノに向けて、一人レイドが初めて声を発した。
「相当殺ってるよなァ……。オレの比じゃねぇーんじゃねぇのか、ソリャよォ……」
「……なんのことだかわからないな」
「いい子ぶっててもわかっちまうもんだぜ、同類にはな。ハッハ! 探したぜぇォ!」
「……」
「だぁから、黙ってても分かっちまうぞ。ホラ――ビンゴだ」
一人レイドは無造作に対敵から目を逸らし、彼方を指さす。シューノがその指の先を片目で追うと、宙に見知らぬ男が浮かんでいた。
突然の闖入者に、パーティがどよめき、それぞれ武器を向ける。
しかしそれを受ける男は一向に動じない。そもそも眼に入っていないかのような、そんな反応だった。
男は事務的に言う。
「フラグクエストの達成を確認した。これより最終アップデートに入る」
シューノは男が転移禁止エリアであるダンジョン内部に飛んできたこと、そしてその口ぶりから推理する。
「あんた……GMなのか?」
「わかりやすく言えばそうだね。ただ正確には、今この時からその名称はふさわしくない」
――正確に言うなら神というのが一番近い。男は真顔でそう言った。
シューノは言葉を失う。大丈夫か、こいつ。
「オイオイ、もっと言い方ってもんがあるんじゃねぇか? 遠上よォ」
「わざとだよ。黒色に情報を与える気はないんだ。彼は唯一、他の四色と直接接触してある程度情報を得ているからね」
「はん、流石神様、平等なんだな」
「本物よりはね」
わけのわからない会話を続ける二人に、シューノは痺れを切らす。
「……あのさ、そういうロールプレイは専用のギルドでも作って好きもの同士でやってくれないか? 付き合わされる方の身にもなってくれ」
「ロールプレイか、違いねぇ」
けけっと一人レイドは笑う。GMを騙る男は表情を変えない。
「悪かったな、水さしてよ。んじゃオレら帰るわ――」
ふっ、と赤黒く硬化していた爪を戻して、一人レイドは背中を向ける。こいつの狙いは本当にボスドロップのこの大剣ではなかったらしい。こいつらにしか分からない何かを達成し、満足して帰っていく。どこまでも勝手な奴だ。
「逃げるのかよ、一人レイド」
かっ、と大きな笑いが返ってきた。
「オイオイオイオイ、人聞きがわりーだろうが。クエストクリアしたから帰ンだよ。てか?むしろ? 帰ってやんだよ。泣いて感謝しろや雑魚共」
「そうか」
ダンジョン内でのテレポーテーションは基本的にできない。一人レイドといえど徒歩で帰るしかない。
シューノは入念に、遠ざかっていく一人レイドとの距離を測っていた。
そして。
「手伝ってやるよ、帰るの」
広い地下空間に銃撃音がこだまする。
シューノの両手の双剣は、音もなくサブマシンガンに変わっている。
「てッ……めぇ!」
「俺を剣士と侮ったな。仲間やられて、黙って帰すわけねぇだろ――!」
振り返り、一人レイドは絶叫を挙げて弾丸の雨に突進する。
「クロスレンジだから剣を選んだだけなんだよ。遠距離なら銃、中距離なら槍」
サブマシンガンからアサルトライフル、ショットガンと銃種を切り替えながら、シューノは一人レイドを最適効率で削り続ける。
「あと五歩、四、三――」
クロスレンジに入る前に終わる。それがシューノの分析だった。銃を槍に持ち替え、滅多突きにする。槍から伝わる手ごたえは、計算を裏書きしている。
「二、一――」
槍系最強のバトル・スキルを発動。一瞬にして巨大化した槍の穂先が、一人レイドの体を串刺しにする。
「零」
黒騎士の死の宣告は決して過たない。ゼロの音ともに歓声が大きく沸いた。
しかし。
「んのヤローがァ……ッ!」
瞬時に歓声は悲鳴に変わった。
瞳孔はすでに光を失っている。体は全身穴だらけで向こう側が見えるほどだというのに、まだ動いている。
前へ。
「ちっ!」
槍から手を離し身を引くも、一人レイドの爪撃はシューノの頬をとらえた。熱い痛みが神経を走る。HPは全体の一割消し飛んだ。
まるでゾンビだ。
突き刺さった槍を抜こうともせず、だらりと頭を下げたままゆらゆらと動いている。HPバーは全て削りきっているのに、その攻撃は虎のように俊敏で、的確だ。さっきの一撃にしても、かわしていなければ喉元をかききられていただろう。
そういうスキル、なのだろう。
未知のスキルに出会うのは久しぶりだが、シューノとてこの『wonderland』内にあるすべてのスキルを把握しているわけではない。それだけこの世界は傍流が多く、広大だ。
しかしHPが無くても動く、というのは果たしてスキルの範疇にとどまっているのだろうか。それはゲームのルールに対しての重大な違反だ。
「しっつこいんだよッ!」
叫んで、双剣を取り出す。左手の短剣で相手の攻撃を防ぎ、隙を見計い、なければ崩し、右手の大剣で必殺の一撃を放つ。それが二天一流の必勝形。
だが。
――防ぐだけで!
攻撃の隙など絶無。一人レイドの爪による攻撃は、武器をもたない分すさまじいまでのスピードに乗っている。
うえに、変幻自在。
およそ動きの型が見えない。
――バトル・スキルを使っていないのか、もしくは恐ろしく多量の組み合わせ!
ガードのミスが起こる。じわじわと削られていく。
――疲労は!?
仮想的な運動といえど、通常の運動神経が発火している以上、脳は疲労を錯覚する。こんな壊れたおもちゃのようにがむしゃらに暴れまわって、体力がもつはずがない。はずがないのだが、目の前の猛獣は獲物の血を吸い込んでさらに加速を増しているようだ。
感覚としては、自然災害に対しているのに近い。圧倒的な無力感。畏敬すら覚えてしまう強大さ。
倒す術などない。人には。
そう、人には。
シューノには奥の手がある。
あるが……。
「……」
ちらりと、自分を取り囲む仲間を見る。計算する。ここで負けることと、ここで勝ってしまうこと。どちらのリスクが高いか。
そんなことは決まっている。
「キィイイイイイイイイイアアアアアアアアアアッ」
凶声咆哮、渾身の一撃が繰り出される。片手ではもはや弾き飛ばされると判断し、とつさに短剣を捨て、両手に持ち替えた大剣で受け止める。地を砕くような衝撃音に、砂礫が浮きあがった。
爪と大剣が炸裂し、弾きあって生じた一瞬の隙に、お互いの目が合う。
一人レイドの血色に似た赤眼と、
シューノの黒瞳であったもの。
今は煌々(こうこう)と金に輝く魔眼と――。
ボスを倒して、ダンジョンを出るまでがレイド・コンテンツである。ここで全滅すれば、せっかく三ヶ月の間猛練習してワールドファーストを達成したのに、その記録がリセットされてしまう。入りなおしても、また勝てるとは限らない。その間に、他のギルドが討伐に成功してしまうかもしれなかった。
――負けられない。
弾かれ、大剣が手元から離れる力にあらがわず、ぱっと手を放して捨てる。
ついに追い詰められた!
そう、周囲で見守る仲間が観念して目を伏せたとき、シューノは寂し気に微笑していた。
態勢を直し、再び襲いくる魔爪。
シューノは避けようともせず、胸で受ける。そしてカウンター気味に拳を一人レイドの顔面に叩き込んだ。
“奥の手”を解禁する。
「やってこい、我が認める唯一の最後(Komn du,du letzer,denn ich anerkenne)――」
しかし詠唱の走りを口にしたところで、時間が止まった。ゲームがフリーズしたのだ。
遠上と呼ばれた男以外のすべてが、セピア色に染まってゆく。
「時間か……」
遠上は一人つぶやく。
「ゲームはここまでとしよう」
お読み頂き感謝です♪




