第十話
翔が何を考えているのか、少しの想像も出来なかった。
彼は何を考えているのだろう。どうして、捕らえようと思えば、他の人を一緒に捕らえることだって、出来ただろう。
なのに彼はそうせず、私だけをこうして捕らえたのだ。
父上を超える実力があると、認めて貰えたと考えても良いのかしら?
いいや、いくらなんでもそんなことはない。
私は優秀だけれど、まだ父上を超えてはいないと思う。いずれは尊敬する父上も超えるつもりだが、今はまだだ。
そのことを見極められない翔ではあるまい。
もしかしたら、彼が私をそうしているように、私も彼を買い被っているのかもしれない。
実力はあるけれど、それ以上を想定してしまっているから、お互いに疑問やら不安やらが生まれるのだろう。
「雪絵さん、囲碁でもいかがです?」
本当は翔だって、普通の青年なのかもしれない。
そんなことを思っていたところに、腹立たしいほど美しい微笑みを浮かべた翔が。
いなくなったと思ったら、囲碁をやる為に用意を頼んでいたらしい。
しかしどうしてそんなことをするのだろうか?
理解が出来ない……。どうしたらそんな発想に至るのだろう。
立場だって状況だって理解している筈なのに、どうしてそんなことが言えるの?
私のことを気遣ってくれている……、まさか、まさかね。
でもそれなら、どうしてだと言うのだろう。
「ごめんなさい。やったことがないので、ルールを知りませんの」
勿論、嘘である。
同年代に比べたら強い、というくらいで、特別強い訳ではないので、やりたくなかったのだ。
本当の戦をいくつも経験している人に、ましてや天才軍師とまで呼ばれる人に、勝てる筈がない。
単純に、今はそんなことをする気分じゃない、というのもあるけれど。
「それではボクが今、お教え致しましょう。雪絵さんならば、すぐに覚えられると思いますよ。ボクもすぐに負かされてしまうかもしれませんね」
どうしてそこまでして、私を囲碁に誘おうとしているのだろうか。
何がしたいのか、さっぱりである。
「ああ、聡明な顔立ちをしていらっしゃる。こういった形でなく出会っていたなら、ボクと雪絵さんは、親友となれたことでしょう」
褒められて悪い気はしないけれど、私を煽ててどうしようというのかしら?
そんな言葉で簡単に騙されるほどは、私だって馬鹿じゃないわ。それに、褒められ慣れているから、今更特別感なんて感じないし。
翔のこんな言葉に、歓びなんて、特別な感情なんて、生まれる筈がないわ。
「嘘ですよ。ルールは知っていますが、今はそんな気分でないのです。悪いけれど、後で誘って下さいませんか?」
居心地が悪くなって、私は本当のことを白状した。
ルールを知らないと言い張るよりも、素直にやりたくないと言った方が、この場合は断りやすいだろうと考えたのだ。
なぜだかルールを教えるなどと言い出したが、やりたくないものを無理に誘うほどしつこい男ではないだろう。
それに、そこまでして私と囲碁をしたがるのか、その意味も分からないし。




