第五話
武術は一応、心得てはいる。
だけど美咲や明に比べては、赤子のようなものだと思うわ。
当然、素手で人を殺すほどの力は持っていない。
しかし私は力のなさを隠そうとしていたので、こんなことを言えるなんて本当に驚いたわ。
自分の苦手なんて、全て隠して生きてきたから。
完璧の仮面を被ろうとしてきた私だから、自分のことをか弱い女の子というだなんて、ね。
「軍師は人を騙すことが仕事のようなものです。だからボクはその言葉を信じることが出来ません」
ええ、そうでしょう。
私だって、翔が何を言ったところで、彼の言葉など何一つ信じないでしょう。
天才軍師と称された男なのだから、信じて良い訳がないじゃない。信じられる訳がないじゃない。
それはつまり、疑ってくれているのは、翔が私を軍師として認めてくれているということなのかしら。
だけどどうして? 私なんて、ずっと大将の治める地で、美咲と一緒に平穏に暮らしてきただけだというのに。
何がどうあって、彼が私を知るに至った訳なのかしら。
考えてみれば、いくら彼の情報網が物凄いのだとしても、私のことを知っているのは不自然じゃないかしら。
父上のことは知っているでしょうよ。
でもだからって、その娘まで調べたりするかしら。
私には考えられないけれど、それくらいしてこそ、天才軍師と呼べるのかしら。
「信じることが出来ないから、どうなさるのですか? 信じるにしても信じないにしても、私は貴男を殺す力も、ここで抵抗をする力も持っていません。私は貴男との会話を望みますが、別に望むことがあるのならば、力尽くで捻じ伏せれば、私はそれに従うことしか出来ません」
不思議と、悔しさは感じなかった。
負けず嫌いな精神で生きてきた私だから、驚きを隠せないわ。
後ろにいる皆だって、もし私の言葉が聞こえているのならば、きっと驚きを隠しきれなくて、具合が悪くはないか心配することでしょうね。
そういえば、止める声がもう聞こえないわね。
諦めたのかしら。それとも、何か考えがあってのことだと、信じてくれたとかかしら。
どちらにしても、後ろの皆はまっすぐに私を見つめてくれている。
逃げる機会を探っている、というのもあるでしょうけれどね。
「信じることはありません。しかし、ボクも会話をすることは望みます。一度、ゆっくりと話してみたかったのですよ。こんなところで立ち話もなんですし、ボクに付いてきては貰えませんか?」
何を考えているのだろうか。さっぱり理解が出来なかった。
しかしここで断ったところで、連行されてしまうのでしょう。嫌ならどうぞ逃げて下さい、なんてなる訳がない。
それだったら、素直に従った方が穏便にことが済むのではないかしら。




