第四話
どちらなのかしら。
罠が仕掛けてあるから、余裕の表情をしているのか。罠を匂わせる為に、罠もないのに余裕の表情をしているのか。
確信を持てない限りは、美咲を行かせる訳にはいかないわよね。
でもだとしたら、この状態でずっとにらめっこを続けていようっていうの?
もしかしたらそれが狙いなのかもしれないわね。
時間を稼いでいるのかしら。ここで足止めをしていて、私達が見つけられ捕まるのを待つ。
戦って時間を稼ぐよりも、会話により時間を稼いだ方が、言葉巧みな軍師には合っているものね。
さっぱりだわ。天才軍師が何を考えているのかなんて、理解しようとする方が馬鹿みたい。
どうしてそんな表情を浮かべていられるのよ。
敵を前にしているのだから、貴男だって絶対的な安全の中にいる訳でもないのに。
「ゆきたん? どうしたのさ、ゆきたん」
美咲の戸惑った声で、私はやっと気が付いた。
無意識のうちに、彼の方へと歩みを進めてしまっていたらしい。
武器も持たない私が。美咲や明ほどは、力も持っていない私が。
罠があるのか調べる為に、捨て駒として、試しに翔の方へと向かっているの? いえいえ、誇り高き私がそんなことをする訳がないじゃない。
でもそれだったら、なんで私は危険を承知しているのに、翔の方へと歩いているのかしら。
ゆっくりではあるけれど、確かに一歩ずつ近付いている。
「待て! 止まれ! 雪絵?!」
驚いたように、父上が叫んでいる声が聞こえた。
耳には入っているのだけれど、頭には入ってこないようだった。
誰の声も、私の声すらも、今の私を止めることは出来ないのかもしれない。
だって私は臆病者の筈なのに、翔の方へと吸い寄せられてしまっているのだから。
「お仲間の為に、ボクを殺す汚れ仕事は請け負うということですか? 素晴らしい友情ではありませんか。ははっ」
翔の目の前にまで行くと、やっと私の足は止まってくれた。
そんな私のことを、翔は鼻で笑った。
しかし少し勘違いをしているように思う。仲間の為にって、私はそんなことをする性格ではないわ。残念ながらね。
端くれながらも、一応は私も軍師なんで。性格は良くないわよ、優しさなんてどっかに行っちゃった。
本当に美咲の為だけにしか動かないもの。
美咲を守る為ならば、とはいえ自分で行くのは嫌だから、明にでも命令するんじゃないかしらね。
「殺せませんよ。気持ちではなく、優しさでもなく、物理的な意味で。だって見て下さい、私のこの華奢な体。どこぞの誰かとは違って、私はか弱い女の子ですから」




