第五話
私に生きて欲しいのならば、呼び戻したりはしないわよね。
翔のことを恐れていた様子さえ、父上には見られたわ。
それだったら、私たちのことを呼び戻すなんて、そんなおかしいもの。
父上は、そう簡単に人を信じたりしない。相手が冷酷な天才軍師ならば、尚更、信用したりしない筈だわ。
それなのに私たちを連れ戻すということは、もう決まっているじゃない。
まだ戦う気があるのよ。
大将は、父上は、まだ抗う気があるのよ。
おじさんから大将と父上が囚われている場所を聞くと、私はそこを目指して登り始めた。
壁を登ることくらい、どうってことないわ。
おじさんは正門から堂々と入ったらしいから、そんなことは出来ないらしい。そこから命懸けで大将のことを探し出し、逃げ出したとのこと。
それじゃさすがに、また正門から入るなんて無理でしょうね。
だからおじさんには、下から見張りに尽くして貰うことにしたわ。
もう目覚めている明は、自慢の馬鹿力で登っていく。その背中には凛を背負っているわ。
本来ならば姫を守らなければいけないというのに、美咲ったら、相変わらず余裕で登っていけちゃうんだから困るわ。
明が凛を背負って登る。凛が怖がっているので、安心させる為に、私が明のすぐ下の辺りを登る。美咲は一人で登っていく。
そして無事に、二人がいるのだという、牢獄の四階に辿り着いた。
傍から見ればただの時計塔。こんな美しい場所に、牢獄があるとはとても思えないわ。
本当に、おじさんの情報がなければ見つけられなかったでしょうね。
「お久しぶりです。姫様を確かに連れて参りました」
窓から侵入し、本当にそこにいるのが大将であることを確認すると、私は跪きそう告げた。
驚いたような表情をしたあと、大将は美咲によく似た、愛らしい微笑みを浮かべる。
「一緒に行こう。絶対に、あたしは何も失いたくないの」
牢屋の中に美咲は手を伸ばし、大将がそれをがっちり掴む。
やはり、逃げ出そうという意志は、確かなものらしいわね。
「雪絵、寂しいな。父のことは無視なのかえ?」
私が美咲のヤル気に燃える姿に萌えながら、どうしても哀しみが強い微笑みを隣から眺めていると、父上の声がどこからか聞こえてきた。
どこにいるのかと思えば、牢屋の奥に隠れていたらしい。
私に探して貰うのを、待っていたということなのかしら。
「あら? 父上はどこにいらっしゃるのでしょうか」
仕方がないから棒読みでそう言ってあげれば、
「本物の雪絵なのか。まさか、罠ではあるまいな」
などという返しが。
こんなことしている場合じゃないというのに、馬鹿なのかしらね。
いやまあ、父上は誇りだし、頭がいいことくらいは勿論知っているんだけどさ。




