第三話
けれど私は、絶対にそんなことをしないわ。
醜態を晒してまで生きていたくはない。少なくとも、今はそう思うの。
「了解です。僕は全力で先生を支えさせて頂きますので、お城まで姫を連れ帰しましょう」
相変わらず感情のない顔をして、凛は戸惑うこともなくそう言ってみせた。
奪われた城に姫を連れ帰るとか。彼女は、自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。
そんな危険なこと、止めるべきである。たとえ姫が何を言ったところで、それを宥めて止められてこそ、軍師というものなのではないだろうか。
仮にも軍師見習いならば、ここで同意してはいけない。
でも残念ながら私は、保守的な軍略を教えた覚えもないわ。戦う、それだけが私の教えなのよ。
だから弟子である凛が軍師にあるまじき決断を下してしまうことも、仕方がないと言えば仕方がないのでしょうけど。
美咲がしたいことを、私は絶対に止めたりしないわ。
彼女が作った選択肢の中からしか、私は選んだりしないもの。
最良の手? そんなものはいらないわ。美咲が望まないなら、そんなものはいらないのよ。
「りんたん、ありがとね。あーたんはまだ寝てるから、あたしが持ってくよ」
なんでもないようにそう言った美咲は、軽々しく明を負ぶってみせた。
その力が細い体のどこにあるのか。そう思いもするのだけれど、昔からそれは変わらないことだから、今更考えても仕方がないでしょう。
華奢な彼女はいつも、私よりもずっと強かったんだもの。
「お城に戻ったら、何をしましょうか。久しぶりですから、部屋が汚れているかもしれません。掃除はしてきましょうね」
凛はおじさんのことを知らない筈なのに、おじさんが私たちと一緒にいることに関しては、全くの違和感も持っていない様子なのね。
それどころか、城に帰るなんてことは結構なことだろうに、そんな呑気なことを言っているわ。
まさか本気で言っている訳じゃないと思うんだけど、凛は多少抜けているところがあるから、本気で言っているんじゃないかとも思える。表情が揺るがないから、よく分からないのよね。
でもまあ、無理にここで真面目な話題を持ち出して、空気を悪くする必要もないかしら。
「先生も姫も掃除がお嫌いですが、今日は僕も手伝ってあげませんからね。ちゃんとご自分たちで掃除なさって下さいね」
凛の説教が始まってしまうけれど、私は軽く耳を塞いで美咲との会話を楽しむことにする。
そんな私たちの呑気な姿を、おじさんは少し驚いたように見ていた。だけどその表情も柔らかで、変わらない私たちに対する安堵も感じられた。




