第一話
「そこにいらっしゃるのは、雪絵様でございますか?」
私たちが微笑み合っていると、そんな声が聞こえてきた。驚きはしたけれど、それを決して表情には出さない。
眩しい朝日に照らされて顔は見えないのだけれど、何者なのかしら。
悪い人ではなさそう。でも、信じる値する人物かどうかは、怪しいわよね。
「美咲様っ?! 美咲様も、そこにいらっしゃるのですか? ご無事だったのですねっ!」
男性は、歓喜した様子である。
目を凝らして見てみると、……見覚えがあるわね。名前までは覚えていないが、恐らく私たちの場所にいた人よ。
街を走り回っていて、怒られた経験があるもの。
八百屋のおじさん、だったかしらね。
売り物で遊ぶなって、怖かったわ。説教も長かったから、あまり好きではなかったのだけれど、今こうして現れてくれると嬉しいものね。
でもどうして、こんなところにいるのかしら。
「たくさんの情報を集めて参りました。きっと、お役に立てるのではないでしょうか」
何を言っているのかと首を傾げると、男性は続けてくれた。
「颯太様の無事を確認しました。だから、美咲様の意志を確認しようと思いまして。しかし雪絵様もまだまだ子供ですね、お父様には全てお見通しのご様子ですよ」
つまり、父上も颯太さんも生きているということなのね。
そして私がどう行動するのか、全て見通した上で父上は、この人に私たちを頼んだと取っていいのかしら。
でもこれが罠だとしたら?
罠なのだとしたら、父上ではなく翔に全て見通されていて、私は完全に踊らされているということで確定してしまう。
いいえ。罠でないとしても、翔は父上が褒め称えるほどの天才軍師なのよ。
そもそも、私の考えが翔ほどの人にばれていないなんて、そう思う方が難しいわ。
じゃあどうして、今の私はここで無事に生きているのよ。
遊ばれてるって、そういうことなの? この私が? どうして、どうして、どうしてよっ。
「さすがは父上ですね。分かりました。それに、美咲様の意志をとは言っても、それも分かっていらっしゃるのでしょう? 全て聞いた上での質問なのでしょう? ほら美咲、言ってあげなさい」
私が促すと、大きく息を吸って美咲は高らかに宣言した。
「あたしは負けない。何にも決して屈しないわ。なんてったって梶原颯太の娘、梶原美咲なんだからねっ! でもまだ子供だから、独り立ちするにはちょっと早いかも」
それはそういうことなのよね。
まだ先代にするには早い。助けに行かなければいけないのだと、そういうことなのよね。




