第二話
「いいえ。ボクはただ、好きなことをやっているだけです。――こんな風に」
嘲笑うような声が聞こえたと共に、美咲と凛が消えた。
落とし穴? 私たちがここへ逃げてくることを完全に読み切って、そんなものを用意しておいたというの? 信じられないわ。
でも私だって、軍師を目指している身よ。
天才を謳われ続けた天野雪絵を、なめて貰っては困るわ。
「失礼ですね。落とし穴だなんて、そんな子供の遊びみたいなことを、このボクがする筈ないでしょう? もっと、もっと楽しみたいですもの。ボクに逆らう生意気な子供たちに、大人と言うのがどういうものなのか教えてあげなければいけませんから」
敵の言葉に紛らわされてはいけないわ。
私はもう十五なんだから、子供と言われて怒るような子供じゃないわっ! 私はもう十分大人なんだから。
どういうことなの? 落とし穴じゃないって。
父上の称える天才軍師が、何を考えているのかしら。
「ふんぬっ!」
突然踏ん張るような声を出すからなんだと思えば、明が暴れ出したのだ。
というのも、声が聞こえるんだからどこかにはいる筈でしょう? さすがの天才とは言え、そんな魔法のようなことが出来るとは思えないわ。
そんなことを考えて、私は明に周り中の木に無駄な攻撃をして貰ってるの。
上から声が聞こえたのだから、木の上から私たちを見ているんじゃないかな、って思ってね。
「自然を破壊するのはお止め下さい。果てしなく地味な嫌がらせですね」
翔の涼しい声は相変わらず頭上から聞こえてくる。
その前に、こんな細い木々の上にどうやって登ったって言うの? ましてや、大勢だなんて絶対無理ね。
でもたった一人で敵の元へ現れる男とも思えないわ。
たとえ私のような小娘には負けることなどないという絶対的な自信があるとしても、多くの護衛は付ける筈だもの。
臆病と言うことはないけれど、かなり慎重な性格だと聞いたわ。
「貴重な木材なのですよ? 傷付けないで下さい」
慌てるような口調を作っているけれど、その冷たさは、明の行動を完全に馬鹿にしているとしか思えないわ。
この余裕な声は作っているの? それとも本当にこの辺りにはいないの?
どういうことなのかしら。
「触んないでよ気持ち悪いわねっ! ゆきたん、何なのよこの人たち」
男性の頭を鷲掴みにして容赦なく放り投げる美咲と、怯えるような表情でそれに続く凛が私の前に現れた。
見ると、美咲の服が血で汚れていた。
ただ不思議なのは、剣を持っているのに使っていないと言うこと。
腰に刺さったままで、全く抜いた気配すら見られないわ。




