第十四話
「夜の方が通行人は少ないので、逆に怪しまれてしまうでしょう。日が沈みかける夕方ならば、旅人に扮して走り去ることも可能ではないでしょうか」
「そうと決まれば早速出発よ!」
私が意見を述べ終えた瞬間に美咲は叫ぶので、本当に聞いていたのかどうか怪しいところである。
まあ、急ぐに越したことはないわ。
「「「おー!」」」
遠足にでも行くかのような暢気な笑顔で、私たちは声を重ねて団結を確認すると一斉に走り出した。
登りに比べれば、下りの方がずっと楽だった。そこまで急でもないし、疲れはしたけれど大きな休憩を取ることもなく街の傍まで辿り着く。
悔しいけれど、以前よりも人が増えているように思われた。
それはつまり、香山裕史と言う男を信じ、懸ける者が多くいると言うこと。悪い人ではなさそうだからそこはいいんだけど、やはり私から全てを奪ったあの男を許すことは出来なかった。
負けたものが潔く散るのは、乱世の性なのかもしれない。
こんな悲しい世の中を作ったのはあいつじゃないし、生き残る為には殺さなければならない。
皆が仲良くなんて叶わない夢なのだから、誰かが頂点に立たなければならない。その争いの中で大将は敗北した。香山を非難するのは間違っているかもしれない。
私にとって恨むべき存在ではあるけれど、彼の人望の厚さが示している。
悪い男ではないんだ、と。
だからこそ恨めしい、そんな気持ちも多少はあるのかもしれない。
「ここまで来れば大丈夫かしら」
私が頭の中で論争を繰り広げているうちに、だいぶ走っていたらしい。
今まで来たことがないくらい南へと進んでいて、街は遠くに見えていた。
しかし走れば走るほど、私がいかにちっぽけだったか思い知らされるわ。狭い世界しか見ていなかったのね。
たった数百メートルなのに、街がこんなにも……こんなにも遠くに見えるよ……。
帰りたい。お父さんに抱き締めて貰いたい。気持ち悪いなんて、言わないから。お父さん、あの大きな腕で私を包んでよ。
少し気を抜くと、寂しさで涙が零れそうだった。
美咲に色々言ったけれど、現実を受け入れることが出来ていないのは、私の方だったようだわ。
「本気で逃げられるとでもお思いですか? さあ子鼠たち、追いかけっこはもう終わりですよ」
これからのことを考えもせず、ただただ南へと進み続けていた。
聞こえてくるのは、風で揺れる木々の音くらいのもの。
そんな中、美しい声が辺り一帯に響き渡った。透明で透き通るような、本当に美しい声だった。女性のように高いけれど、恐らく男性だと思う。




