第十話
無表情と冷静は違う。凛はそう言っているけれど、無表情の方が有利に決まっているの。
だって考えてもみて? 完全に怒りをぶちまいて暴れているのより、無表情のまま暴れている方が明らかに恐怖を感じるでしょう。
そう言うことなのよ。
凛はなんだか、何を考えているかわからないところがあるし、無表情は役立っているわ。
「兵士でもいいわね。兵隊さんの意地悪には逆らえないでしょ」
性格の悪い笑みを浮かべると、私はゆっくりと小屋を出た。
きっとあれは香山の兵。姫がこちらに逃げたと知り、追い掛けて来たと言うことかしら。ここまで迫っているなんて、危ないわね。
まあ相手が香山の兵ならば、商人を襲うよりも罪悪感は薄れるわ。
会話の内容を聞く限り、私たちの場所を絞れている訳ではない様子。こんなところに来ている訳がない、なんて笑っている。
これだったら、殺さなくても武器や鎧、金なんかも渡してくれそうね。
ただ万が一に報告されても困るし、やっぱり殺しておくしかないかしら。こいつらを殺してしまえば、この山に私たちがいると言う可能性が上がってしまう。
けれどそれも致し方なきかな。長居するつもりは無いのだから。
「ごめんなさいね」
小さな声で謝ると、私は二人組の一人を後ろから抱き締める。そして驚き見惚れている隙に、私は彼の剣を奪った。
多少の罪悪感は感じながらも、二人の首を同時に刎ねた。
何も理解出来ず、倒れて言った可哀想な二人。落ちたその首は、驚愕でいっぱいであった。
血が溢れて来るけれど、そんなものを気にしてはいられなかった。血くらい、別にいくらでも見たことがあるわ。今更恐れることもない。
血塗れになる前にその体を起こし、鎧を剥ぎ取った。それを身に纏うと、剣を鞘に戻し私は準備を完了する。
持っていた限りのお金を盗むと、一旦小屋に戻り後の処理を明に任せる。
美咲は姫なのだし、彼女にそれを任せるのは可笑しいと思った。そして凛は血が苦手、それを知って頼むほど私は鬼じゃない。だから明も嫌だとは思うけれど、お願いした。
嫌そうな顔一つ見せず、彼は笑顔で頷いてくれた。
「それじゃ、行って来るわね」
お腹が空いて仕方がないから、とりあえず食料を入手しないといけないわ。
ゆっくりと眠れた筈なのに、疲れは全然取れていなかった。あまりにも体が怠いので、何かに呪われているとすら思った。
それでも私は山を滑り降りて行き、麓の街へと辿り着いた。
知らなかったわ。
あの小屋へは行っていたけれど、その先へと進んだことはなかった。私の国へ帰る道は、かなり億劫だし辛いもの。
でも反対側へは、こんなに簡単に滑り降りて行けるなんてね。そしてそのすぐ傍に街があるなんて。
今までの私の世界が、いかに小さかったかを思い知らされるわね。




