第九話
「二人とも、信じています。美咲のこと、守って下さいね」
悲しそうな表情はしていなかったけれど、二人とも悲しんではいると思う。だから私は精一杯微笑んで、二人に一番大切な人を任せた。
感情を顔に出さないし、かなり他人を騙すのには向いていそうなところ。
それでも二人とも、優し過ぎるのよ。二人とも優秀過ぎるのよ、だから向いていないのよね。
「明、貴男の笑顔で美咲を笑顔にしてあげて下さい。凛、冷静な態度で美咲を落ち着かせてあげて下さい。美咲は少し短気な部分がありますからね」
名前を呼ぶときに、それぞれの顔を見て出来る限り優しく言う。
ただそれは、私に対して言っている言葉でもあった。
明は素敵な笑顔を持っている。彼は、いつどんなときでも笑っていてくれる。常に笑顔でいることにより、私たちにも笑顔をくれる。
美咲のことを笑顔にしてあげて。そう言ったけれど、私のことを笑顔にして欲しいと言う願いも込められていた。彼の浮かべる笑顔は、周りのことも笑顔にするから。
凛は冷静さを持っている。彼女は、いつどんなときでも無表情を貫き通す。常に表情を表さないので、あたかも全てお見通しのよう。敵の奇襲などには良いでしょう、兵の士気を下げずに済むわ。
私が対抗策を稼ぐ為に、良い時間稼ぎをしてくれるわ。なんでもお見通しの、天才軍師。その称号を手にすることも出来るし。
冷静な態度で美咲を落ち着かせて。そう言ったけれど、私を落ち着かせて欲しいと言う頼みも込められていた。弟子が冷静に無表情でいたら、師匠が戸惑う姿を見せる訳にはいかないでしょう。
美咲には、短気な部分があると言った。そして私は、私が短気であることも理解していた。
自分が短気であることを知っていても、腹が立ってしまうんだから仕方がないわ。自分で抑えられることでもないもの。
「先生の為、姫の為。僕は持てる全ての力を駆使し、香山を……憎き香山を滅ぼして見せまする」
無表情のままとは言え、まさか凛がそんなことを言うとは思わなかった。
憎き香山、ねえ。
確かに憎いわ。憎くて憎くて、出来ることなら今すぐ殺してやりたいくらいだわ。
それでもね、私はそれを表情に出してしまう。それがないのだから、凛の無表情にも憧れるわ。
「その為ならば、そのような行動すら取る覚悟にございます。今の僕は悪にもなると思っていましたが、それは僕の力では不可能であったようです。無表情であることと冷静であることは異なりますがゆえ」




