第五話
「当たり前じゃない。それに、貴女が一番信じてあげないとダメだわ」
不安そうな顔を見たくなかった。素直なその気持ちで、私はそう言っていた。
その気遣いに気付いてか、美咲も気を遣ってくれる。
でも彼女の下手な作り笑顔は、私を悲しくさせるばかりであった。いつも笑顔だった彼女の浮かべる、不自然な笑顔。
笑顔を守れなかった。と、自分を責めてしまうような悲しい笑顔。
「心配無用ね。それより、この後どうするか考えましょう」
時間を無駄に使ってはいけない。
それは、一秒でも早く全てを取り戻す為である。
美咲に暇を与えてはいけない。
それは、余計なことを考えさせない為である。きっと彼女は幸せを懐かしんでしまうから。
「ぶっ倒す。とも、いかないよね。少しでも遠くに逃げよう」
強気な言葉を私は期待していた。
帰って来た美咲の言葉は、期待外れのもの。成長を示してしまうもの。
以前なら、迷わず倒そうとしたでしょう。
それでも今の彼女は、不可能を諦めるようになった。逃げると言うことを覚えた。
良いことなのか悪いことなのか、それは判断出来ない。
そんなの関係ない。
美咲が無事でいてくれるなら、関係ない。美咲と一緒にいられれば、何も関係ない。
そう言う意味では、良いことと言えるのではないかしら。
「移動には必ず危険が伴うわ。予め、目的地を定めておく必要があるけれど」
遠方の地、知識など持ち合わせていなかった。
私も美咲も、基本的に城内で育って来た。遊びに行くとしても城下町程度。
目的地も何もない。
今いる場所が、私たちにとって一番遠い場所だったわ。悪戯すると、ここに連れて来られてしまうの。
お仕置き、なんて言ってね。
ほんの少し前まで、ここは嫌な場所。お仕置きとして連れて来られる場所、そんな認識だった。
それなのに、今では思い出を懐かしむ場所だわ。
平和が遠く感じる。
妙に遠い思い出のように感じ、寂しくなる。表情には出さないよう、努力はしているつもりなんだけどね。
「ごめん。それは思うけど、あたし何も知らない」
謝られてしまうと、私の方が困ってしまうわ。
姫を支える身にある私。
知らないなんて言えないじゃない。知らないなんて、言い辛いわ。
「私も情報不足ね。ここを出るにはまだ危険かしら」
不足なんてレベルじゃない。
むしろ、不足なんかじゃないわ。本当は何も知らないのだから。
地図を見たことはある筈。
よく見なかったこと、今更悔やまれるわ。曖昧な情報で、美咲を危険な目に遭わせる訳に行かない。
でもそれじゃどうすれば良いのよ。




