第一話
「美咲、泣いたって無駄よ。泣いていたって、何も戻りはしないの。それよりも、前に進みましょう」
本当は私だって泣きたいわ。本当は私だってこんなこと言いたくもないわ。
それでもね、私は戦うことを決意したから。全てを取り戻すの、やられっぱなしは気に入らないし。
「姫様には俺が付いている。頼りないかもだけど、大丈夫だから」
悲しい筈なのに、明は笑顔を浮かべて見せたわ。それは美咲の為に無理やり浮かべられた笑顔ではないと、私は気付いた。
彼は笑うことしか出来ない。いいや、笑うことしかしなかったのだろう。
だから、笑顔を作ることが出来る。無理にでなく、笑顔を作ることが出来る。
それはきっと、私よりもずっと強いということであった。
「ここでは危ないでしょう。もう少し離れた方がいいと僕は思います」
泣き崩れる美咲を、三人で立ち上がらせようとする。
「無様に逃げ回るくらいなら、ここで戦って死んだ方がまし! それに、たった四人じゃ何も出来ないもん。すぐ見つかって殺されるだけ」
こんなことを言う美咲は初めて見た。そして、こんなことを言う美咲は好きじゃ無かった。
だから私は美咲の右腕を乱暴に掴み、強引に立たせた。
「ふざけないで。私は貴女を守りたくて、私たちは貴女を守りたくて。全てを捨てて、ここまで来たの。何も出来ないって決め付けて、貴女らしくない。それに、逃げる為に走るのではなく復讐する為に走るのよ」
かなり乱した私に、美咲は驚いているよう。暫く目を見開き黙っていたけれど、私の手を払って自分の足で立ってくれる。
「そうね。こんなところで死ぬようなあたしじゃない。ゆきたん、ありがとう。りんたんもあーたんも、覚悟は出来ているのよね? 行きましょう」
ずっと眺めていた城に背を向けて、美咲は走り出した。三人で「はい」と返事をし、走って美咲の小さな背中を追う。
目的地があるのか、美咲は迷わず走り続けていた。そして山に入るとペースを緩め、そう言った。
「山奥に秘密の家があるの。そこなら、少しは隠れていられるでしょう」
その言葉を聞いて、私はすぐにどこを目指しているのか分かった。
確かにその場所は見つかり難くて、辿り着くのも辛い場所。ずっといられるかと言われればそうではないけれど、時間稼ぎくらいの時は得られる。
かなりきつい山道だけれど、誰も弱音を吐きはしなかった。
美咲は決意しているんだと感じることが出来た。明は辛そうにも見えない。辛さを紛らわす為に、私は絶対に苦しいと言いたくない。凛は無表情だけれど、弱音も吐けないほど辛そう。
どんな状況でも、凛は弱音を吐いたりしなそうだけれどね。頑張り過ぎちゃう子だから。
「もうすぐ着くんじゃないかな。皆、頑張ろう」
何も言わないから反対に心配になったのだろう。
優しい美咲は、後半励ましの言葉を掛け続けてくれた。何度も、私たちの為にそう言ってくれた。
先頭を進む美咲が最も険しい道である筈なのに、美咲はそう言い続けてくれる。そんな優しさが、心の傷に沁みて痛かった。
「った」
一番後ろを歩いていた凛が躓いた。フラフラしていて、もう歩けるような状態で無さそう。
だから私は、優しくならないといけないと思う。私なら見捨てると思うから、優しい言葉を掛けないといけないと思う。”先生”として、弟子を守らないと。
「大丈夫ですか? 怪我をなさっていますし、負ぶって行きますよ。弟子を危険な目に遭わせた私が悪いのです」
出来る限り優しくそう言って、私は凛の小さな体を背負った。身長は私と殆んど変わらない筈なのだが、きっと体重はずっと軽いのでしょう。
予想以上に楽に持ち上げることが出来た。
「先生、僕なら大丈夫です。僕は、先生の負担になりたくありません」
そんなことを言って、下ろすように頼む凛。
だけど私は心配で、凛を説得する道を選ぶ。
「弟子は師匠に負担になるものです。一人前になって助けてくれればいいので、今は迷惑を掛けて下さい。暴れると手が辛いので、大人しくしていて下さいね」




