己のために 二
この優しい表情も含めて、全てが、私を油断させる為の演技なのかもしれない。
相手が相手なのだから、そう考えた方が妥当と言えるだろう。
そう思うのに、疑う気持ちは確かに残っているのに、心を開いてしまいそうな私もそこにはいた。
「どうしてボクと雪絵さんは、敵国に生まれてしまったのでしょうかね。同じ国に生まれていたなら、きっとボクたちは……」
同じ国に生まれていたら? そうしたら、私は軍師とか参謀とか先生とか、そんな偉そうなことを言えなかっただろうね。
隣にこんな天才がいたら、私がここまでの自信家になることもなかったかな。
私たちは敵国に生まれ、私の国は負けた。それだけが事実なのだけれどね。
「この国に仕えてくれるなら、雪絵さんだけは助けると、そう言ったならいかがなさいますか? それでも、お仲間と一緒に死にたいと、そのように願われるのですか?」
卑怯者の私のことを、よくわかっている提案だわ。
仲間と一緒に生きるという、欲張りで都合の良い選択肢は残されていないというのなら、私は一人ででも生きていくことを選びましょうか。
皆を裏切るなんてことしたくないけれど、それでも私はまだ死にたくないから。
「美咲と一緒でなけりゃ、生きていたくありません。だけど私……まだ、まだ生きていたいの」
何を言ってしまっているのだろうか。私の忠誠も、大切にしてきた友情も愛情も、美咲への想いはその程度だというのだろうか。
今まで私には美咲しかいないのだと、私自身が信じてきた。
だけど。だけど、つまらない意地の為に命を捨てることを、良い選択だとは思えないの。
それに、一人で生き残って、一生汚名を背負って生きることが、私に与えられた唯一の償いの方法であるような気がした。
初めから、翔と同じ国に生まれていたなら、か。
そんなのって馬鹿みたい。本当に、考えても無駄だってのに、考え望んでしまうのだから。
「ははっ、それは困りましたね。ですが、どちらが選ぶべき道であるか、雪絵さんならばご理解なさっているはずです。より良いと思える選択を取れる、賢いお人であることを信じておりますよ」
彼の渇いた笑いは、何を思ってのものだろう。
人の心を持つことも知れたのだし、頼めば手にし得るものもあるかもしれない。
「人が死ぬのが嫌とお思いなら、私だけでなくて、皆を助けては頂けないでしょうか。それでしたら、全身全霊を掛けまして」
「無茶言うなよっ!」
穏やかな微笑みに騙されて、甘え欲張ってしまったのだろう。
叫ぶ彼の瞳に浮かんでいるのは、見間違えなんかではなくて――涙だった。